香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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がんばれ!ナース

がんばれ!ナース 毎日頑張っているナースたち。彼女たちからのメッセージをぜひご覧ください。

私の看護観

0011231.jpg私が正看になって、まだ2ヶ月もないかな。そんな人間に看護とは何かなんて、未知の世界に等しい気がする。しかし、この世界、自分なりの個性が必要!!
看護婦になって3日でも30年でも、自分なりの看護観がないのに、ただ毎日仕事だからってやってたら、患者さんとの信頼関係は生まれない。と言ってボランティアではなし、これでも一応、国からライセンスをもらってプロとしてやっている以上、自分なりのポリシーは必要になってくると思う。
私にも新人なりの看護観はある。
学校へ通いながら病院勤務していた時、老人の女性が夜になると、胃に差し込む痛みをよく訴えてきました。
痛み止めの薬に坐薬、そして注射、どれも3時間程度が限度で、又、痛みを訴え、ナースコールが鳴りました。
私の当直の時も同様に、その痛みを訴えてきました。坐薬も注射も間隔がないため、私にはその患者さんに、もう何もしてあげられないと思いました。
その時、昔、母が胃痛で寝込んだ時、背中をさすったり、押したりした事を思い出し、その患者さんの背中をさすりました。
そして「私には、今こうしてあなたの背中をさする事しか思いつきません。薬も注射も時間がたたないとしてあげる事ができません。朝が来るまで、こうしてさすっています。少しでも楽になれば休んで下さい。」と言って、黙ってさすっていました。
さすっていた手の感覚がマヒしだした頃、その老人がムクッと起き上がり、私に「ありがとう。だいぶ楽になりました。今夜は眠れそうです。看護婦さんも少し休んでください。」と言ってくれました。
私は心配でしたが、患者さんの言葉を信じ、そのまま詰所へ帰りました。
その後、朝までその患者さんのナースコールはありませんでした。
次の日、ドクターの指示で胃透視をしてみると、大きな潰瘍が出来ているのがわかりました。痛いわけがやっとわかりました。

0011232.jpg今なら、さすってあげる前にもっと早く胃の症状を見抜ける(対処できる)と自分なりに思うのですが、その時はさする事しか頭になかったと反省すると共に、あの時、患者さんが何故、私を詰所に帰し、その後、ナースコールをなさらなかったのか?
多分、患者さんの夜間の痛みに対する不安が少しは減ったため、痛みも少し軽くなったのかしら、などと思っていました。
だけど、それがあの時の私にできる看護婦としての精一杯の力だったような気がする。今でも、その時の患者さんに道で会うことがあります。
ある日、この夜の話をすると、「ありがとう。あの時は本当、ウソのように痛みが取れたんでぇ。頑張って、ええ看護婦さんになってよ。」と言われました。
看護とは看護する側の看護観により、大きく左右されると思います。
そして看護観とは、絶えず成長することができるものと思います。
私は私なりの看護観に、経験を加味しながら、成長し続けたいと思います。

手当とは「手を当てる」と書きます。
彼女の手の温もりが与えたものは、医薬を超越し、古来から人間が持つ痛みに対する治癒能力を最大限に引き出した結果ではなかったのでしょうか。
背中をさすりながら、彼女が得た体験は彼女の看護観に多大な影響を与えたと共に、彼女自身が大きく看護婦として、羽ばたくことが出来た一つのチャンスだったように思えます。いい看護婦さんですね。

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