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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第96号

良い疲労を

疲労には二つの面があります。
疲れてくると仕事がはかどらず、いらいらしてきます。
食欲不振、睡眠不足となり、時としてさまざまな病気を引き起こす原因にもなりかねません。
このように「疲労」には悪いイメージがあります。
でも、ある面からみると「疲労」にも良い所がみられます。
疲労から逃れるために文明が進化したり、機械が作られたりしました。
新しい機械の発明は生活にゆとりが生まれました。
例えば家庭においては洗濯機、掃除機、食器洗い機などです。
そして疲労が逆に健康や体力を向上させる原因にもなっています。
スポーツをすると必ず疲労が起こります。
この疲労度を手掛かりにしてトレーニングの量や質を決めることができます。
疲れを感じるトレーニングでは効果はあらわれません。
この疲労と休養を組み合わせることにより健康や体力を増強させることができます。これが良い疲労といわれるものです。
スポーツなどを行った時に現れる疲労はグリコーゲンの消耗や乳酸などの蓄積によっておこります。
十分な休息と睡眠、栄養によって回復します。
試合のスコアなどによって起こる精神的な疲労は試合に勝てば吹っ飛んでしまいますが、負けたりするとそれまでの疲労度は倍以上にも感じることがあります。
このように疲労もその実態が分からないことが多く、現在我々がいう疲労の度合いその本態まで解明されていません。
疲労の特徴はスポーツ等による結果として現れる生活現象であって、活動を中止することによって元の状態に戻るものです。
健康であれば2~3日のうちに回復します。
回復しないまま、次の疲労が重なってくると・・・、疲労は蓄積され病的状態に陥ることもあります。
疲労にもいろいろありどのような疲労かと見極めることで、今後の疲労を抑えたり、遅らせたりすることができます。
疲労の感じ方や回復の仕方は人によって違います。

疲れを感じる人
20代では50%、40代では70%、60代では80%

回復については
20代では80%、40代では60%、60代では40%

遊ぶことが仕事の子供たちは今まで走り回っていたかと思うといつの間にか寝ています。起きた時はすっきり回復し、また走り回ります。
これが健康的な疲労です。
対照的に大人は年令が高くなるにつれ、精神的疲労が中心となり、なかなか抜け切れない状態になります。
この疲労にも波があり、ブルー・マンデーと言われるように月曜日は能率が悪く、火曜日、水曜日が良く、その後次第に低下するようです。
一日の中でも疲れを感じるピークは午前11時ころ、午後3時にはピークとなるようです。だから午後に少し休息をとるようにした方が、かえって能率が上がるようです。休養を取らず仕事を続けているとミスや事故が増えてくるとの報告もあります。
体の生理機能は1日24時間周期で動いています。
これは生体が自然環境に順応している為といわれています。
夜明けに副腎皮質ホルモンの分泌があると組織から血液中にエネルギー基質が動員され、次の活動に向けての準備ができあがります。
ヒポクラテスは生理機能や週間を規則正しくすることが健康を維持する為には最も大切であると述べています。
疲労の後で(スポーツの後)軽い運動をするとマッサージや入浴と同じように血行が促進され、回復が早まるといわれています。
それを「積極的休息」といいます。
血液中の乳酸は軽い運動を続けた場合10分程で半減しますが、安静状態では30分程かかります。完全に除去するには2~3時間かかりますが、運動をした時は30分程でなくなります。
この積極的疲労は精神的疲労にも効果があります。
休息中に使っていない筋肉を活動させると次の作業の能率が上がるといわれています。
牛乳を配達する人は
牛乳を飲む人より健康である。
名言である。

ジャック・レモンの死に合掌

比類なき才能で喜怒哀楽を巧みに表現してきた彼の演技はまさしく名優と呼ばれるにふさわしいものでした。
美男子でもない彼の訃報が流された時、大きな衝撃を受けたのと同時に寂しさがこみ上げてきました。
1955年、「ミスターロバーツ」で映画デビューし、その作品はでアカデミー助演男優賞を獲得しました。
その後、ビリー・ワイルダー監督、シャーリィ・マクレーン共演の「アパートの鍵貸します」は大ヒットしました。
部屋の中でテニスラケットを使い、パスタを湯切りするシーンは新鮮な驚きでした。何でも使えば使えるものだと発想の転換の大切さを勉強することができました。
あのおどけた表情が最高でした。
若き日のカトリーヌ・ドヌーブがアメリカ映画に初出演した「幸せはパリで」。
フランスの美人女優とアメリカの一見、風采のあがらない彼とのミスマッチのようなキャスティング。
この作品ではバート・バカラックの曲をディオンヌ・ワーウィックが唄った主題歌が大人の味を引き出していました。
「恋人よ帰れ、我が胸に」でウオルター・マッソーとの絶妙なコンビネーション。
その後、「ラブリー・オールドマン」「おかしな二人」など7本で共演。
特に最後の方の「おかしな二人」では老人となった二人がコミカルに年寄りでも積極的に恋にアタックしたりして、ほんとにおかしな二人を演じていたのが面白かったです。
1973年、「セイブ・ザ・タイガー」でアカデミー賞主演男優賞を獲得。
思い出深い作品をあげるなら、やはりビリー・ワイルダー監督との作品だと思います。円熟味を増してからのシリアスな演技が大好きでした。
「JFK」「ミッシング」「チャイナ・シンドローム」「晩秋」「ハムレット」では名脇役として。
「お熱いのがお好き」「酒とバラの日々」「あなただけ今晩わ」「グレートレース」「晩秋」etc・・・。
数え上げると切りがないほどです。
古き良き時代をハリウッドで生きた彼の洒脱な演技は、彼でなくては演じることができないでしょう。
年をとってからも元気に生き生きとしていたのは映画の中で演じることの楽しさを知っていた彼ならではの気がします。
「バカー・ヴァンスの伝説」が彼の遺作だったと思いますが見逃してしまったのが残念です。ビデオがでるのを楽しみに待っています。