香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第84号

骨髄ドナーになって

「吉峰さん、痛みますか?」ストレッチャーのきしむ音が耳障りと何となくうっすら感じていた僕は、突然の大きな声に思わず「はい」と返事をしていた。
いつ眠ったのかもわからないほど、素直に全身麻酔に身をゆだねてしまっていたらしい。
通常、全身麻酔から覚めるのは術後3~4時間位。
その間、1時間ごとに体温、血圧などを計り、看護婦さんから「痛みますか。」とか「どうですか」と声をかけられる。
ところが僕はその後も熟睡していた。
そばについていた妻と娘たちもあまり良く眠るので、かえって心配していたと翌日真顔で言われてしまった。
午前11時すぎに病室に戻ってから午後7時まで眠り、10時には又もぐっすり。
骨休みを体が要求してたのだろうか。
以前より登録していた骨髄バンクから骨髄移植のための骨髄提供をお願いしたいとの連絡が入ったのは昨年のことでした。
骨髄移植とは慢性骨髄性白血病、急性白血病、再生不良性貧血、免疫不全症、一部の先天性代謝異常症などの病気におかされた骨髄細胞を健全なものに置き換える治療法のことです。
多くの白血病や再生不良性貧血が化学療法や、免疫抑制剤などで治癒可能となりましたが、骨髄移植でしか治癒が望めない患者さんが大勢います。
そのため、健康な骨髄を提供してくれる人が必要になります。
それが骨髄ドナーです。

ではその骨髄とはどんなものかを先に説明したいと思います。
骨髄とは骨の中にある海綿状の造血組織で、白血球、赤血球、血小板がここで休まず造られています。
骨髄にはこれらの血球のもとになる骨髄幹細胞(造血幹細胞)が含まれています。
骨髄は脊髄(神経系)とは関係ありません。
赤血球は酸素を運搬し、白血球(顆粒球とリンパ球がある)は外部から侵入する細菌などと戦います。血小板は出血を止める働きをします。
これらの血液細胞は骨髄の中で造られて血液中に送り出されてきます。
白血病、再生不良性貧血、免疫不全症などの病気では、骨髄幹細胞に病気があり、正常な血球を造れないため貧血や免疫不全などがおこります。
その病気の改善に必要な治療の一つが骨髄移植なのです。
骨髄移植は皮膚から専用の針を刺し、注射器で骨髄から吸い取った骨髄液を患者の静脈から点滴で注入するもので、骨を切り取って移植することはありません。
移植を受ける患者は移植の前に1~2週間かけて、大量の抗ガン剤投与や、全身への放射線照射が行われます。
そのため病的な細胞だけでなく正常な骨髄細胞をも完全に破壊することになり、もしこの状態で移植ができなくなると、その患者は死にいたることになります。
これを「移植前処置」といいます。
前処置後は血液中の白血球が極端に減少するため、抵抗力を失うため感染症にかかりやすくなります。
移植をうける患者は移植前処置の前後から滅菌消毒された、塵や細菌のない清浄な空気が流れる無菌室で過ごします。
移植当日、ドナーから提供された骨髄液が数時間かけて患者の静脈に点滴で注入されます。
健康な骨髄幹細胞は、患者の空になっている骨髄に生着し、造血を開始します。
患者は正常な血液成分が造られて安定するまで無菌室で生活することになります。
でも移植が行われても拒絶反応や、移植されたリンパ球が患者の身体を攻撃するGVHD(移植片対宿主病)や重症感染症などにより早期に死亡することもありますし、骨髄が生着して回復した後も白血病が再発する可能性がありますから、移植ですべての患者が治るわけではありません。
それでも一縷の望みを持って、患者たちはつらい治療に耐えているのです。

骨髄移植ドナーになるにはいくつかの条件があります。
1.登録時、年齢が20~50才未満であること
2.健康な方
3.骨髄提供の内容を充分理解している方
4.骨髄提供について家族の同意を得ている方
赤血球の血液型に、A、B、AB、O型といった型があるように白血球にも血液型があります。
この型の事をHLA(HumanLeukocyteAntigen)、人白血球抗原または組織適合抗原ともいいます。
HLAには、A座、B座、SR座などがあり、それぞれが数種類から数十種類あって、その組み合わせには数万通りの型があります。
このHLAが一致した方がドナー候補者として選ばれるのです。
HHLA型は対になっており、両親から片方ずつ受け継ぐため、兄弟、姉妹は最大4種類に分かれ、4人の同胞の内一人の確立で一致します。
日本では血縁者の中にHLAの一致する人を見つけられる患者は30%位います。
家族内の移植でもHLAが不一致の時はGVHD(ドナーのリンパ球が患者の体を攻撃する病気)や拒絶反応をおこしやすくなります。
このHLAの型が完全に一致していれば、非血縁者からの骨髄移植でも血縁者空の移植に近い成功率が期待できます。
日本人はHLAの型が似ている人が多く、10万人のドナーの登録者を越えた現在、骨髄移植を必要とする患者の約80%がHLA適合者を見つけることができるようになりました。
ドナーには担当のコーディネーターがつきます。
コーディネーターはドナーの立場になって精神的・時間的負担を少しでも減らすために認定され、全国で活動しています。
コーディネーターはドナーや家族の方と担当調整医師・地区事務局、また採取病院との連絡調整をいたします。
僕のコーディネーターになった方は岡山在住の人でしたが、検査の時や担当医師との話し合いの場には瀬戸大橋を渡って必ず出席してくれていました。
今年始めの最終同意にはドナー本人と家族、第三者の立ち会い人の同席、コーディネーター・調整担当医師で行われました。
緊張ぎみの妻の横でこんなに細かく説明するのは大変だなと考えていました。
手術のほぼ一カ月前に最終健康診断を受け、自己血の採取をしました。
倉敷中央病院は病床数1200もある大きな病院で血液の長期保存が可能でした。
ドナーには費用負担はありません。
面談における交通費は実費で支払ってくれます。
骨髄採取のための医療費は、患者の健康保険から支払われドナー本人に負担はありません。
個室料金や仮に採取後、入通院が長引いた場合でもドナー本人に負担が及ぶことがないように対処してくれます。
家族の面会のための交通費も一人分は支給されます。
医者である僕が患者になってとても得した事がありました。
それは視点を変えてみることができたことです。
患者の立場になって医師と話したり、看護婦さんと接してみて、初めてわかることが多々ありました。
倉敷まで見舞いに来てくれた当院の看護婦さんたちと、こういう良いシステムは取り入れようと話し合うこともできました。
もしかしたらとっても得をしたのは僕の方だったかもしれません。

さようなら!!!大船撮影所

小さい頃から映画が大好きでした。
意味もわからないのにスクリーンに写る映像から目が離せず、長じては受験勉強の合間にもせっせと映画館通いしていました。
何もかも忘れて画面に魅せられている時の、あのはらはらドキドキ、涙を誘う悲しみ、感動、怒り、考えさせられる題材。
そんな数々の映画に出会える幸せを大切と感じています。
学生の頃、そんな映画好きがこうじて、撮影所でアルバイトをしました。
映像の繰り出すトリックや映画の裏側に少しでも参加してみたかったからです。
そのバイト先が大船撮影所でした。
神奈川県鎌倉にある松竹大船撮影所は1936年にオープンしました。
小津安二郎監督の数々の名作や木下恵介監督の「二十四の瞳」、山田洋二監督の「男はつらいよ」シリーズなど数々の名作を世に送り出してきました。
オープンから数えて1600本の作品が作られ、今後は新木場のスタジオへ移設する予定です。
その遷座式が行われた後、記念イベントの席上、山田監督が挨拶に立ちました。
「胸が締め付けられるような寂しさです。大船の伝統をどのように2年後にできるスタジオにつなげていくかが、僕の最後の仕事ではないかと思っています。地域の方々にも長い間、お世話になりました。」と挨拶されました。
東京都、江東区新木場に建設される新しいスタジオは1万600平方メートルの敷地にステージのほか、デジタル対応の施設が2002年の完成を目指して建設中です。この新木場は大船撮影所が生んだ「東京物語」などの監督、小津安二郎の生誕地の近くでスタジオ完成の翌年の2003年は小津監督の生誕100年にあたり、イベントの開催を予定しているそうです。
64年の歴史を刻む大船撮影所は製作本数の減少が顕著になった4年前に、敷地内にテーマパーク「鎌倉シネマワールド」を開設しました。
僕も行って見たかったのですが、まさか閉鎖になるとは思わず忙しさにかまけて先延ばしにしたため、見ることが出来ず、今、非常に残念に思っています。
撮影所として最後の作品は「釣りバカ日誌イレブン」ほか、現在の大船撮影所の三人の社員監督の作品でした。
映画が唯一の娯楽だった時代も過ぎ行き、時代も変わったということなのでしょうか。経営不振という現実は映画のようなヒーローの誕生もなく、ひっそりと閉じていくようです。
でも世に出て行った作品の数々は、いつまでも僕の心の中できらめいていてくれるでしょう。