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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第45号

人間種としての寿命は

地球には現在5000万種の動植物が現存する。
とてつもなく多様に思えるが、過去に存在した種の総数とくらべれば、こんな数字は微々たるものでしかない。
この惑星に生命が存在して以来、出現した種の総数は500億種にものぼると推定される。ということは、この惑星に存在した種のうち、いまなお存在しているのは1000種に1種でしかないということだ。
つまり、かつて存在した種のうち、99.9%は絶滅してしまったということになる。
ところが、大量絶滅によって滅びた種は、そのうちの5%にしかならない。
圧倒的大多数の種は、ばらばらに滅んでいくんだ。
地球の生命には連続して安定した絶滅率が見られる。
概してひとつの種の平均寿命は400万年だ。
哺乳類の場合は100万年。そこでその種は滅んでしまう。
つまりひとつの種は、数百万年の範囲で勃興し、繁栄し、滅びるというわけだな。
平均すれば、地球の生命の歴史を通じて、一日に一種が滅んできたことになる。
以上の文章はマイケル・クライトンの「ロスト・ワールド」からの引用です。

わぉ!!!読んで愕然としました。
人類としての歴史が始まって、今でどのくらいの年月がたつのだろう。
彼はさらに続けます。
400万年の生存サイクルで、地球上の種を興隆させ、衰微させているものはいったいなんだ?
答えのひとつとして、われわれは地球がとれだけ活発に変化しつづけているかに気づいていない、ということがあげられよう。
この5万年のあいだに───地質学的に見れば一瞬のことでしかないが───熱帯雨林
は極度に減少したのち、また拡大した。
熱帯雨林はこの惑星に永遠不変の特徴じゃない。むしろ新顔だ。
つい1万年前、アメリカ大陸でヒトが狩りをしていたころは、ニューヨークシティのあたりまで氷河が南下してきていたんだからな。
その氷河期のあいだにたくさんの種が絶滅した。
この例からもわかるように、地球の歴史の大半において、動物種はきわめて劇的な変動のもとで繁栄し、滅んでいる。
それでおそらく、絶滅の90%は説明がつくだろう。
海が干上がれば、あるいは海の塩分濃度が高くなれば、当然ながら海洋性プランクトンは全滅する。
────中略────

そこで私はこう提示したい。
複雑な動物が絶滅するのは、環境に対して肉体的に適応しそこねたからではなく、そのふるまいに原因があるのではないかと。
カオス原理、もしくは非線形力学における最新の考え方は、絶滅が起こるメカニズムをもうすこしで解明できそうなヒントを与えてくれている。
それによれば複雑な動物の行動は急激に変化しうる。
それはよい方向への変化とはかぎらない。つまり、ある行動は環境への適応を抑止し、
死へと導くこともありうる。動物が適応をやめることもありうる。
むろん真相は知り得まい。
だがヒトが恐竜の絶滅に興味を持つのは、けっして偶然ではない。
恐竜が衰微したからこそ、哺乳類はわれわれヒトもふくめて繁栄を許された。
それはただちにこのような危惧に結びつく。
早晩、恐竜が消滅したように、われわれ自身も滅亡してしまうのではないか。
絶滅の真相は不可抗力にではなく、天から降ってくる巨大隕石などにではなく、われわれ自身のふるまいに起因するのではないか。

「ロスト・ワールド」は「ジュラシック・パーク」の第二弾として書かれたものです。
マイケル・クライトンはハーヴァード・メディカル・スクール在学中から執筆を始め、
映画化された本は「コンゴ」「ライジング・サン」「ディスクロージャー」など多数あります。
その広い博識は多岐にわたり、私たち読者を魅了し、触れるものすべてを黄金に変えるヒットメーカーといわれるゆえんでもあります。
地球そのものの命も、恐竜もヒトも永久にあり続けるものなどありません。
人の一生と同じで、産声をあげときから死にいたるカウントは始まっているのです。若さは時として傍若無人な行動に走ります。
それは地球を削り、森林を伐採し、海を埋め立て、生態系を破壊する今の人類と同じようです。その結果、酸性雨が降り、オゾン層の破壊につながりました。
人類の危機は、もうそこまできているのでしょうか。
私たちの次の世代に残してあげられる物は、むやみに自然破壊を行った結果の荒涼とした土地とヘドロの堆積した海と汚染された大気になっていまうのでしょうか。
科学は進歩し、人類にできないことはないと高慢にも思える行動は、「めくら、蛇に怖じず」のように、一歩まちがえれば取り返しのつかない結果につながります。
地球は生きているのです。
できるだけ資源を大切にし、次代に少しでも多くの喜びを残せるように努力したいものです。

老化性による弊害にご注意を!!

人間は年をとれば、若いときには思いもよらない難題が生じます。
たとえば、転倒しやすくなる。
これは足が弱くなるのもそうですが、視力の衰えにより段差の把握や反射神経のにぶさも問題になります。
皆さん、転倒には十分気をつけなければなりません。
大腿部骨折をし、長期間の入院、そしてリハビリ。
お年寄りはリハビリが苦手です。
それは痛みを伴いますし、もう一度歩きたいという意欲にも欠けています。
骨折の後に歩行困難になるお年寄りのいかに多いことか。
それは、いずれ、老人性痴呆症にもつながります。
嚥下困難。
食物が飲み込みにくくなります。
水分の多い、飲み込みやすい食事をとるように注意しましょう。
特に体力の弱っているお年寄りは、日頃から水分をたくさんとり、ゆっくりと食事をしましょう。
お正月のお餅を喉につまらせる方も多いです。
何かの映画でお餅をつまらせたお年寄りを、掃除機を使って吸い取り、事なきを得たという場面がありました。
乾いた喉から粘着性の高いお餅を取るのは大変なことです。
まず水分をとって、喉を十分にしめらせましょう。
確執、そして妄想。
年を取ると一方の考え方に固執してしまいがちになります。
自分にとって都合の良い考え方が一番いいように思いがちです。
それはいいとか悪いとかではなく、常に一方通行の出口のない迷路のようなものです。
話し合ったとしても受け入れられず、自分の意見をただただ通そうとします。
幼児がデパートなどで欲しいものが手に入らず、引っ繰り返って泣き叫ぶのと同じように、自分の意見をかたくなに通そうとします。
そんなときにはむやみにりくつで通そうとはせずに、暖かく見守ってあげる度量が必要です。
小さな赤子をあやすように、根気よく接する態度が肝要です。

最後にアドバイスをひとつ。
相手の話を聞いて、相手の話したように返事をしてみましょう。
同じ言葉を使うことは、鏡の自分に話すことと同じになります。
鏡にうつった自分を見つめて話しているのですから、話しながら考え、自分で解決の道を見いだすようになります。
誰かに強要されるのではなく、みずからわからせる方法です。

車椅子について

車椅子は座るためと動き回るためにあります。
でも多くのユーザーの方が、特に活発でないユーザーの方は車椅子の使い方もこぎ方も教わっていないことがあります。
車椅子をこぐテクニックは難しいそうに思われるかもしれませんが大丈夫です。
車輪が転がりやすくなるようにする調整や車輪の取り付け位置をずらして方向転換の抵抗を少なくするなどして、扱いやすくする方法はあります。
私自身も車椅子に乗って、どうすれば乗りこなせるかと研究したことがあります。
ユーザーのタイプは異なりますので、いちがいにこうしましょうとは言えませんが、個々のタイプに応じて動きやすくなるように対処する方法はあります。
正しく調整された車椅子はスムーズにこぐことができます。
シートユニットに取り付けられる車輪は品質がよいことが必要で、なおかつ使いやすく適合していなければなりません。
車椅子は座って動くための補助器具ですが、正しく適合していなければ、姿勢を悪くし、不活発になる原因にもなります。
車椅子は介助しやすく押したり、運んだりすることを目的に設計されていますが、ユーザーと介護者の両者の使い心地を追求したものは多くはありません。
ユーザーの機動性を促すよう車椅子を適合させるには、車輪の位置を調整したり、タイヤの性能に注意するなど車輪にかかわる部分の調整が必要です。
もっと動きやすく、体にマッチしたものを望む場合、さまざまな観点からよく考え、ポイントをしることが大事です。
車輪の適合技術は理論ばかりでなく、経験がものをいいます。
自分でよくわからない場合は、さまざまなタイプの車椅子に実際に乗ってみて、体験することが一番です。一見すると同じようにみえる車椅子でも、実は千差万別の異なる技術に基づいて設計されています。 駆動輪の取り付け位置を動かすにも、ある車椅子ならナット一個を一つの工具で緩めるだけですが、別の車椅子では二つのナットに二種類の工具が必要な場合もあるという具合です。
調節機構の数とシートユニットのデザインと重量、フレームが折り畳み式か固定式かなど、軽量の車椅子には多くの種類があります。
最近の車椅子はたいてい調節ができるように設計されていますので、各自にあうように調節することができます。
自分の体に合わせて衣服を買うように、車椅子も自分に合わせて少しでも行動しやすいようにしましょう。
少しの勇気が視野を広げ、自分で動かす爽快感につながります。
頑張ってみましょう。わからない事がありましたら、ご遠慮なくご相談にきて下さい。