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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第30号

鉄壁のガードとは!!!

人間は知らず知らずのうちにアンテナを張っていて、見知らぬ人が近付いてくるとガードの姿勢をとるそうです。
無意識に自分をガードするなんてと思われるかもしれませんが、遠い先祖から培われた本能なのでしょうか。
でもこのガードもあまり鉄壁では、誰も相手にしてくれなくなるかもしれませんから、何事もほどほどが肝心です。
また、近づかなくても人を傷つけることはできます。
それは言葉の暴力です。
本人がまったく意識しなくても、相手は十分以上に傷つく場合もありますが、意識的に攻撃している場合もあります。
昨今、子供達の自殺が続いています。
言葉の暴力は目に見えるものではなく、傷つけられた方も外部からは判断がつきません。血を吐くようなつらい目にあっていても、他人は察知することも感じることもできません。
外傷のようにあざができるとか、切り傷や血が流れているのなら誰にでもわかるのですが、心の傷は現代医学を駆使しても、癒すことも直すこともできません。
ただ、精神的に追い詰められた状態の時でも、必ず何らかの信号を発しています。
欧米社会は早くからこの問題を重大視し、カウンセリングや精神科医などが心のケアをしてきました。 でも問題を根絶することはできませんでした。
悲しい事ですが、心は鍵をかけることも閉じ込めることもできないからです。
純真無垢な子供という言葉がありますが、ある意味で子供は無邪気な残酷さを持っています。
その無邪気さゆえに、ストレートに相手に言葉をぶつけます。
そしてその無邪気さゆえに深く傷つきます。
それは逃れようにも底無し沼に足を取られてもがいている、いたいけな子鹿のように。今よりもっと昔にはいじめにあっても、自殺までは思わなかったのではないでしょうか。
では何故、今、自らの命を断とうとまで思い詰めてしまうのでしょう。
四面楚歌と思ってしまうからではないでしょうか。
誰にも話せない、頼れないと思っているのではないでしょうか。
そして傷つく事になれていない子供達の逃げ込む場所が、更なる安全性の高い誰もいない所を目指してしまうのでしょう。
誰かが、ただ聞いてくれるだけでも心の負担は軽くなります。
祖母が亡くなった時、私の子供達は小学生でした。
その頃は東京に住んでしましたから、ほとんど会う事もなかったのですが、お葬式に連れて行きました。
祖母の亡骸に会い、お骨を拾ったのです。
それが彼女たちが死という現実に立ち会い、死というものを実感した最初でした。
その夜、「マミー、私、死にたくない。」と言って泣き続け、妻と長いこと話し合っていました。
死に急いだ彼らは、死というものを知っていたのだろうか。
核家族化が進み、家族の中に年寄りがいない家庭が増え、死という現実を知らずに大きくなった子供達は、死を美化してしまっていないだろうか。
かけがえのない命が、心ない言葉や態度に傷つき、自分を見失うほど追い詰められている時に、誰ひとり支えになってくれる人がいないという事が、とてつもなく悲しい事だと私は思う。
自分には関係ないと思うのではなく、心のガードを少し広めて、隣にいる人にもアンテナを向けて下さい。 決して一人で生きているのではなく、誰かが、必ず、何の助けにもならないかもしれないけど、あなたの心にたまった澱のゴミ箱になってくれると。
誰かが社会というジャングルに迷い、道を探している時、そっと手を差し伸べてあげられるように、その心のガードを広めて下さい。
一人一人がそういう心を持ち、自分の子供に伝え、その子が孫にと広がっていけば、今よりは住みやすい社会を築くことができるはず。
人が人として自由で伸び伸びと暮らせずして、何の文明でしょうか。
愛に傷ついた青春を描いた不滅の映画"SPLENDERINTHEGRASS"-草原の輝き-の中で、ナタリー・ウッドが深く愛に傷つきながらも立ち直っていこうとした時に、主治医が彼女にこういいました。"Letyoufacethesefears,theysometimeschangeintonothing""恐怖を直視すれば、消滅することもある。"  何事にも立ち向かっていく勇気さえあれば、いつかは恐怖さえ克服することができるということでしょう。 また、英国の詩人、ワーズワースの詩にも"あの草原の輝き、花の栄光・・・・再び帰らずとも、嘆くなかれ、その奥に秘められたる力をみいだすべし"
「草原の輝き」はこの詩をもとに製作されました。
豊かさの中で、忘れてならないものを真っすぐに見つめる勇気を持ちたいものです。

外傷後脊髄空洞症について

数回前の脊損ニュースに脊髄空洞症の事が書かれていましたので、今回はこの事についてお話しします。
車椅子の方より、もう少しくわしく脊髄空洞症について書いてほしいと要望がありましたので私の友人の事も付け加え、簡単ですけども説明します。
脊髄損傷後に極めてまれに脊髄空洞症が発症し、損傷部位より上部の髄節に痛み、運動障害、知覚障害が起こることがあります。
(一般的には脊損後の脊髄マヒ症状の二次的な増悪として示されています。そのため自立性の高い対マヒの人が最終的に四肢マヒ化する事態が起きています。)
発症頻度は文献により異なりますが、0.6%、1.6%、3.2%、又7.7%と様々であります。
以前までの検査法(脊髄造影など)では二次的な脊髄病変の診断が困難でありましたが、CT、MRIの発達に伴い本疾患の診断が可能となり、そのため増加してきました。(以前より発症していましたが、診断が困難でした。)
発症する部位は脊髄損傷部に起こることもあれば、やや離れて上方に、又は下方に、あるいはやや上、下方に連続して認められる事もあります。(上方以外は問題になりません。残存機能に障害が起こる事が問題になるのです。)
症状は疼痛が一番多く、この他には従来のマヒより上方の知覚障害、又筋力低下が初発症状です。
くわしく聞けば症状の出現前に異常発汗とか筋緊張の変化などが前駆症状として起こってくることがあります。
次第に知覚、運動障害が出現してきますが、知覚障害の方が多いようです。
特徴的には現存のマヒよりも上行性にみられており、多くは障害が頸髄に及んでから自覚されています。
又味覚異常も報告されています。対マヒでは両側、又片側、上肢に筋肉低下をみることが一般的です。これらの知覚、及び運動障害は片側性、あるいは片側優位にみられる事が多く認められます。
私達が診断をしたり、疑いをもつ時とは受傷後数カ月から数年後に発症した二次的なマヒが対象となります。くしゃみ、咳などが誘因となり、疼痛を初発症状として上行性の知覚、運動障害がみられれば本疾患を疑います。
治療法としては一部では保存的な治療がおこなわれていますがマヒが上行性に出現してきた場合は手術が選択されます。
検査にはいろいろありますが、脊髄造影、CT、MRIが一般的です。脊髄造影だけでは困難でありCTと併用することで診断が可能になります。
又、MRIの導入により本疾患の診断率が向上しました。
空洞の大きさ、ひろがりを確認でき、今後も脊損者が定期的にMRI検査を受ければ脊損後脊髄空洞症を早期発見できるものと思います。私の友人もこの疾患になり、今年1月に大学病院にて手術(S-S shunt)を行い、経過良好にて4月退院となりました。
彼に許可をいただきましたので、少しその時の症状とか、その後の経過を書かせていただきます。
彼は現在33才です。10年前(彼が23才の時)私が静岡日赤病院に赴任していた時にバイクで転倒し、救急車で運ばれてきました。第7胸椎脱臼骨折で胸髄損傷となり手術をし、半年間入院しましたが、マヒは改善されず、伊豆のリハビリテーション病院に転院しリハビリを行い自立しました。
その後コンピューターソフト会社に就職し、26才の時に結婚しました。
(彼と私は医者と患者というような関係ではなく、友人として現在も交流があります。今はお互い遠く離れていますので、あまり会う機会がありませんが・・)結婚式にも出席させていただき、病院から出版しました「ふきのとう」にも彼の事が書いてあります。
その彼の奥さんより一昨年12月に電話があり、彼が10月頃より左手にシビレがあり、11月頃には右手にもシビレが出現したみたいと言ってきました。なんとなく握力も下がってきているみたいで車椅子操作が遅くなり、車へのトランスファーがつらそうなのですと。
奥さんは助産婦さんで、勉強熱心な方とは思っていましたが、その上に彼を良く観察していると感心しました。
私は外傷後の脊髄空洞症ではないかと思い、彼と奥さんにその事を詳しく説明し、大学病院を紹介しました。
すぐ入院となり、検査を受けたところ脊髄空洞症と診断され、本年1月に手術を受けました。4月に退院し、現在は症状も左5指にシビレが軽度残りましたが、握力も改善し、トランスファーも楽になり、以前の会社にも無事に復帰し頑張っています。たぶん私が思うのですが、彼が結婚していなければ、このような症状も放置され早期発見が遅れたと思います。奥さんの彼への献身的な努力と観察力に頭が下がる思いです。
これを読んでいただけた方に、どんな小さな事でも、少しの症状の変化でも主治医に相談する事を勧めます。
早期発見すれば症状も改善され、社会復帰はまちがいなく可能なのです。
もし、相談する方がいなければ私に連絡していただいても結構です。
(1995年、夏号の脊損ニュースに掲載されました。)