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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第275号

これからの医療  

みんなで考えましよう!
超高齢化を迎え、ますます医療は難しくなる。
国民皆保険制度の日本ではその医療費を国民全体で払う仕組みとなっている。
だが、最先端医療は高額です。
一例を挙げれば、慢性のC型肝炎の抗ウイルス薬の1つは12週投与で約700万円、もう1つは同じく約450万円にもなります。
話題のips細胞となったら一体いくらの値段がつくのか。
そしてこれらの高額医療を何才までの人が受けられるなんて決める事は、誰にもできません。
人の体は様々で60才台で寝たきりの人もいれば、70才台でもゴルフコースがまわれる人もいる。
時に転倒することもあり骨折もありえます。その部位により全身麻酔の手術になる可能性もあり、内臓系の疾患も考慮に入れなければなりません。
特に大腿骨頚部骨折は手術をしなければ「寝たきり」になります。
手術をする、しないはご本人とご家族のお考えが主で医師はそれを尊重します。

しかし、90才以上での高度な手術はどうなのかと考えます。
特に心臓に疾患がある、肝臓が悪いなどの悪条件が重なるとなるとリスクも大きく体への負担も倍増します。
でも寝たきりは困るとご家族のご意向があれば、医者として難しい手術への挑戦は受けて立ちたいと思っている自分がいる。
保険制度で日本の医療費は欧米に比べると破格に安く、誰でも保険加入者なら気軽に高度な医療が受けられます。
しかし、その医療費は国民全体で負担するのです。
働く世代が少なくなり、超高齢化社会においてこの問題は大きい。
でも寝たきりの高齢者を抱えるご家族の大変さもわかる。

だから元気で長生きはとても大事な事なのです。
少しでも不調があれば医師へ、気になる事は気軽に相談し、診断を受けましょう。家庭医は必ず貴方の味方になります。
診療科目が違っても大丈夫、医師はその道の専門家を紹介でき、その後のケアも欠かしません。
ただし、きちんと医師の指示を守る事を約束してくださいね。

外来こぼれ話2

お昼近くに患者さんが途切れることがある。
5月のある昼下がり、「さあ、やろうか」と声がする。
何をするのかと外来診察室を覗くと看護師さんが集まり、肘枕に腕を乗せて、「大丈夫だから、勇気出して!!」と言っている。
「失敗してもなんちゃないから。」
おずおずと注射器を手に躊躇している新米看護師さん。
彼女はこの4月に看護師免許を取得し、今日始めて注射の練習をするのだ。
「静注は思い切って、さっと入れよう」「臆しては駄目よ。もっと針を下に向けて」「反動があるからぐっとね」
こわごわ刺し入れるので静脈に届かず、もう一度針で探るが見つからない。

「すぐに刺し直して。心配しないの、大丈夫だから。」
実験台になった先輩の声はあくまで冷静で、新米の手が震えてきたのを見て、いたわりながらも「じゃ、もう片方の腕にしようか?ねっ。」と腕を変える。
うまく刺せなくて怖がっているが、ここで止めたら彼女の成長は大きく遅れる。
それが分かっているから先輩は優しく促しているのだ。
「今日は出来るまでするよ」の掛け声に再び注射器に手を伸ばす。
肌に針を刺すのは簡単ではない。
何度も経験しそのコツをつかむまで、先輩は痛みを見せない。
「よーし、上手くいった。この感覚を忘れないで。明日、またやろうね。」
にっこり笑った先輩の笑顔を、新米さん忘れては駄目よ。
いつかあなたが後輩に教える日まで。

子供の教育について 私見1

将来どんな職業につくのであれ、字が読めないとか、計算ができない、あいさつもできないではどうしょうもない。現在の先進国と発展途上国とを分けているのも結局はこの初等教育の差である。

日本が明治になって急速な近代化が可能であったのは実は江戸時代における寺子屋教育の著しい普及があったからである。明治初頭の日本国民の識字率は当時のイギリスよりも高かったというが、全国津々浦々まで寺子屋があり、江戸期の日本人は農民であれ何であれ、とにかく子どもの教育には熱心であった。

幕末に日本に来ていたイギリス人オールコックはこの日本の実状に驚き、「この国は石炭と蒸気機関があればあっというまに産業革命を起こすことができるであろう」と言ったという。とにかくこうした江戸期の土壌があったからこそ明治になってからの国家による初等教育もスムーズに軌道に乗り、ひいては国家が発展していったのだといえる。

「教育は国家百年の計」のスローガンのもと、乏しい財政の中でとにかくこんなへき地にも明治草々に小学校を建てた明治政府の慧眼には恐れ入る次第である。

フィリピンやメキシコ、インドネシアなどの発展途上国で、共通していたのは子どもが働いていることであった。交差点などでクルマに乗って待っていると必ず子どもが新聞やら何やらを売りにきた。大通りでいろんなものを並べて売っているのはたいてい子どもだった。目にはつかなかったが家の中などでも子どもは子守りやら水汲みやら何やらで一生懸命働いていたことだろう。先進国で行ったことがあるのはアメリカだけだが、無論アメリカで子どもが働いている姿を見かけたことはなかった。

このように、発展途上国では子どもは貴重な労働力なのである。4~5歳くらいになればその労働力が期待されるのが当然のこととなっている。

しかし、本来子どもの時期は勉強をさせなければならないはずだ。いくらその労働力がのどから手が出るほど欲しくとも、子どもには労働は免除させて勉強させなければならない。米百表の話ではないが、今を犠牲にしてでも学校を建て、子どもを教育しなければならない。現在先進国と呼ばれる国は皆こうした初等教育のテイクオフを経験してきた。

かつては日本やイギリスなどのような先進国でも、子どもが働いていた。(マルクスの「資本論」などには産業革命初期のイギリスにおける子どもの工場労働の様子が描かれている) しかしそれではそのときはよくても将来の国の発展はない、と先人は思い、それぞれの親の世代は、自分の身を削って子どもへの投資に回した。そしてそれが成功した国は民度が上がり、無意味な内戦なども避けて国民が一丸となってよい国家作りをめざし、豊かな国となった。

 だが現在発展途上国と呼ばれている国は、親の世代が身を削って子どもへと投資する余裕がない。今目の前にいる子どもは早々に労働力と化し、勉強をさせられない。

 水汲みのような単純労働ならばよいが、教育を受けない結果字も読めないから、たとえば機械のマニュアルも読めず、結局質の高い労働力とはなれない。労働力の質が悪いから産業が発展しない。雇用が生まれない。貧乏である。したがって子どもへの投資ができない。という悪循環に陥っている。
教育を受けていない国民では、国民一人一人の独立した人格と判断を前提とする民主主義はできない。他人の煽動に載せられやすく、独裁者が出てくる土壌を残す。(但し民度が高くとも独裁者が出る土壌は育つ可能性もあることはヒトラーを生んだドイツが証明しているが) 

内戦が絶えない国は貧困のために一様に国民の民度が低い。ゲリラやテロの原因は貧困による民度の低さである。十分に喰っていける国富があれば、誰だって銃を取ったりはしないだろう。その貧困の根本的原因は初等教育の欠如である。だから世界からゲリラやテロをなくすためには遠回りでも発展途上国の初等教育に力を入れていくしかない。表面的な援助などを行っても先進国の自己満足に終わるだけだ。

さて、翻って今の日本はどうか。先人の苦労のおかげでこんなに豊かな国になった。そして教育熱心な土壌は今も根強く続いている。これはよいことなのであるが、これからの日本は子どもの教育に関しては少し視点を変えていく必要があるように思う。

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