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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第274号

熊本の地震

私たち家族は1995年、阪神淡路大震災を経験しました。
その1年後。
京都大学、河上 倫逸教授はこう書いていました。
「今回のような災害が一地方の蒙った厄災だと言うだけでなく、また個々人の耐えねばならぬ不幸だというだけでもなく、日本国家の直面した国家的試練なのだという最低限の認識」さえもない政治・行政の「阪神の復興に対する国家的政策の決断が出来ない姿勢」を厳しく非難している。
2011年の東日本大震災も未だ復興からは遠く、今回の熊本震災でも多くの被害が出ています。
1996年に発表された上記、河上教授が書いた「阪神」の部分を「東日本」や「熊本」としてもおかしくない。
何度同じ事を繰り返すのだろう?
今後、来るであろう関東大震災や南海トラフ大地震・東海地震の時には、政府はどれだけ迅速に対処できるのだろう?
熊本は今も揺れ続け避難所では、お年寄りが亡くなっています。
かけがえの無い家族や家を一瞬で失う恐怖。
阪神淡路大震災後、仮設住宅に入居した高齢者の方の孤独死が大きな問題となっていました。
震災で助かっても助けられない命の儚さ。
日本国の憲法の前文にこうあります。
そもそも国政は国家の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類不変の原理であり、この憲法はかかる原理に基づくものである。
国民がその福利を享受できる国家を私も望みます。
そして、取りあえず自分の身は自分で守る。
皆さん、水・食料などの確保を忘れずに。3日分位あれば急場はしのげます。
天災は忘れた頃にやってきます。

病棟こぼれ話

まとわり着くような空気の重さがつらい、暑い暑い夏の午後。
ナースステーションでは奇妙な会話が飛び交っている。
「ほぅなん、あんたんとこ犬、飼いよん?」
「うん、うちとこ長いこと飼いよる。待っていてくれているんよ、うちのこと」
「ええな、かわいいやろ、それで犬の名前は?」
「名前かぁ・・・・・?えっと、えー・・・・・・・。 ありゃぁ、思いだせんよぅ」
なんとはなしに聞いていて思わず噴出してしまった。
愛犬の名前を忘れるんかい!と、思わず顔を見た時、
「金魚いるねん!金魚~。」
と大きな声で晴れ晴れと彼女は答えた。
一日中誰も来ない病室で何することなく過ごすのはつらかろう、せめて活気のあるナースステーションの中に置いてみてはと療養病床の人たちを呼んできたのですが、そんな配慮も何のその、「看護師さーん、部屋に戻してー!」
「看護師さん、つらいわぁ、」「あんなぁ、女房が来んのよ」「お茶下さーい」と、
その間にもナースコールが響く。
「はーい、どうしましたぁ?」
「点滴、終わりそうです。」
「すぐ伺います。」
次々とかかるコールに大忙しの看護師さんたち。
まさに当院の最前線を守る戦士である!
あー、それなのにベットにいるのが楽チンなのと不満顔の面々。
先ほどの会話の女性がストッパーのかかった車椅子を器用に操り前進してくる。
あっ、駄目駄目、また壊れるからなんて心中にお構い無しに、「お嬢さ~ん、連れてってよ~」と叫ぶ。
えーっ、またですかと思いながら、おくびも出さずに「もう少し、頑張ろうね」と応える。
彼女は病室に戻すと寝てばかりいて、夜間に目がしっかり覚めている困り者。
夜勤の看護師の苦労の種である。
苦肉の策が「ナースステーションでお相手しましょ」なのだ。
この作戦、患者さんのADLを下げない点も加味されているので、そう簡単には部屋には戻せない。「お昼まで頑張ろうね。あと30分だから」
「あー、つらいわぁ、腰も痛くて、車椅子でいるのがつらいんよー」
「今、シーツの交換しているから、もうちょっとね」
小さな子供に言い聞かせるように何度も同じ質問を笑顔で答えるつらさよ。
「・・・・」
あれっ!って、どうして返事がないの???
なーんだ、男の看護師さんの登場でした。彼女はすばやく叫ぶ。
「きれいな殿方、ちょっとそばにいてー」
普通の入院患者さんの日中は結構忙しい。
先生の診察やリハビリ、そのリハビリも回復期となるとPT(理学療法士)やOT(作業療法士)がつき添いながら日に何回も日常生活が普通に行われるように訓練をする。
それに面会の人たちが来るので、比較的に忙しい日中をおくっている。
でも長期の療養病床にいる人たちはそうではない。
医療費削減を掲げる国の方針でリハビリを受けられる期間も過ぎている。ましてやお年寄りである。
病気の急変や転倒のリスクは常にあり、子供たちが県外在住となると更に状況は厳しくなり、遠いという理由で家族の足も遠ざかる。
「これ、もう言ったげなぁ?」とはにかみながら聞く時の無邪気な仕草に自然と笑みがこぼれる。
看護師さんたちは忙しさにかまけて笑顔を忘れることがあってはならない。
笑顔がもたらす効果は絶大で患者さんの治癒能力さえ高める。
つらくても、悲しくても「明るく」「親切」「笑顔」は必需品である。
考えてみれば、看護師さんは過剰な期待をされる職種で、なおかつ経験がものを言う仕事でもあります。
患者さんの表情を見ながら呼吸の変化、表情や姿勢、声のトーンを考えずとも観察して、その日の状態を見極める。
少しでも変化があれば医師に報告し指示を仰ぐ。
絶えず患者さんに寄り添うその姿勢が、急変した時、患者さんの命を救う仕事場なのです。
だから、今日も頑張る。

JMAT

私の友人がJMATとして出動し、先日帰って来ました。
災害がおきて数日間はテレビでDMATという呼称の医療チームが活動したことはよく報道されていましたが、JMATはあまり報道されません。
DMATは、災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Team の頭文字をとって略した呼称で、DMAT(ディーマット)と読みます。
災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チームと定義されており、医師と看護師と医師/看護職以外の職員で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故などの現場に、急性期に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チームのことです。阪神・淡路大震災時に、平時の救急医療レベルの初期医療が提供されていれば、救命できたと考えられる「避けられた災害死」が500名存在した可能性があったと後に報告され、それを克服すべく準備され、平成17年4月から発足したものです。
今回は阪神・淡路大震災後に起きた自然災害とは、レベルが違ったため、本当に全国から災害発生直後からチームが参集して、活動が行なわれました。
JMATは、日本医師会災害医療チームのことです。
平成22年3月に、医師会JMAT(Japan Medical Association Team)構想が提案され、その後体制が整いました。
DMATが災害拠点病院や救命救急センターなどお持ちの施設の「超急性期災害医療活動」とすると、JMATは「急性期・亜急性期の活動」とも言えます。
作っていて本当に良かったと思います。
今でも、今からも、現地の劣悪な衛生状態や必要な医療が届かないために、命を落としたり状態が悪化したり患者さんが多数おられます。
糖尿病や心不全、腎不全は普段からの食事療法が大切ですが、被災地では食べるのに性精一杯です。
当然長期になれば状態が悪くなり、命を落とされる方も多くなります。
普通に布団に寝てれば大丈夫でも、毛布にくるまって体育館で寝てれば床ずれができます。
今回の災害でも、多数の深部静脈血栓症で命を落とされたり、重篤な状態になっています。
人が活動すればゴミが出ます。物を食べれば、排泄をします。
その処理はまだまだ現場では後回しの段階で、衛生状態は悪くなってきます。わかっていても防げない、手が届かない悔しさを医療者はかみしめています。
地元の医療は継続しながら、これからも被災地には第2段、3段のチームが派遣され、現地で医療活動をおこない、少しでも被災者の皆さんの健康を維持できるように頑張りたいと思います。
普段からマスコミにはたたかれても、今回の活動がメジャーな報道ではとりあげられなくても、私たちの職業の使命を全うする活動をしていきます。