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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第259号

映画あれこれ4 映画四方山話

今回も映画四方山話です。
唯一、国産で映画用フィルムの製造をしていた「富士フィルム」が一昨年9月に映画用のフィルムの製造を中止する事を発表しました。
現在はデジタルシネカメラによる撮影が主流となり、制作でもCGとかVFXなどを使いデジタルで編集することが多くなってきたことも原因なのかも知れません。
国内の映画館は、ほぼ「シネコン」といわれる業態が主流となっており、デジタル配信された映像をセットして時間になったら流す。これが現在の映画システムです。
昔みたいに映写技師が何本ものフィルムを2台の映写機にセットして、フィルムの上映をする事は殆どなくなりました。
ずっとフィルムで映画を取り続けて来た山田洋次監督は「本当に残念」と落胆の様子を隠しきれません。
昨年惜しまれつつ亡くなられた俳優・菅原文太さんも真っ先に俳優引退会見で引退理由の一つとしてあげていたのが「デジタルの映画撮影システムの現場が俺には合わない」と言うことでした。
そもそも、フィルム撮影では現像処理が済むまで実際の映像は確認することできません。ですから俳優さんはうまくできたのかはわからないのです。
その現像されたフィルムは「ラッシュ」と呼ばれ、監督がOKしたシーンを編集担当がフィルムをつなぎ合わせて原版フィルムを作成するのです。この段階ではまだ音は入ってはいません。
その後に音声と同期させます。必要ならアフレコでの入れ直しもします。音楽は作曲家がそのラッシュを見ながら、カット事の時間を測りながら作曲し、その出来あがったフィルムをスクリーンに映し、演奏者が音入れをするという、それはそれは手間のかかる作業が必要になるのです。
全盛期の日本映画は各社(五社が主流。東宝、東映、松竹、日活、大映)が週2本封切りしていました。週替わりの興業ですので、人気スターは年間10本以上の映画に出演していました。私の大好きな吉永小百合ちゃんも昭和36年は16本、昭和37年は11本、翌38年は12本。現在では考えられないスケジュールです。
その後、映画は斜陽産業といわれテレビが主役になり、スクリーンのヒーローに拍手喝采を送る事もなくなりましたが、それでも映画はフィルム撮影され、それをそれぞれの職人が魂を込めて映画作りに命を吹き込んできました。それはそれは大変な仕事なのです。
観る側の私たちにはこのような苦労はわからないのです。苦労を重ねれば重ねるほど私たちを感動させるのです。
生前、山城新吾さんがこのようにおっしゃていました。「今、ドラマでNG場面を流してNG大賞なんて言ってるのは馬鹿げてるね。我々の若い頃、NGなんか出したら監督や進行主任から新吾、お前どれだけフィルム無駄にしたら気が済むんや!。また俺が始末書書かされるんぞ、と怒られたもんですけどね」と。
デジタルの場合は、撮影後、その場で映像と音が確認でき、監督と俳優が「ここはもっとこうして、ああして」とディスカッションをして、気に入らない場合は即座に取り直しできるので、時間以外は何も無駄にはならないのです。
しかし、フィルムの場合はNGとなればフィルムは廃棄処分となるため監督やスタッフは、決められた予算内で完成させる事に神経を尖らせました。またその雰囲気が良い映画作りの一因にもなっていたに違いありません。
山下耕作監督、高倉健主演の映画、昭和残侠伝シリーズでこんなエピソードが残っています。
最後のクライマックス、山下監督が溜息が出るような見事な演技をした高倉健に、「OK。健さん。今のは最高、最高。ホントに良かった」健さんもにっこり微笑んで満足していました。ところが、カメラマンが言ったのです。「監督! すいません。フィルム切れてました。」その言葉を聴いて、流石の健さんも、深く落胆したそうです。
それまでのシーンでフィルムを使い過ぎたらしく、私たちもその渾身の演技を観ることは永遠に失われました。
それほど当時の撮影現場は過酷で真剣で、活気があり、時には戦場にもなる所でした。
フィルム時代の大女優の最後とも言えるのが「夏目雅子」でしょう。
当初、主役に「大竹しのぶ」がキャスティングされていましたが、監督の意向とあわず中止となり、代わりの女優探しに奔走、やっと見つけたのが「文学座」の女優夏目雅子でした。既に女優として成功していた夏目雅子でしたが、体当たりのシーンが多いため、事務所側は清純なイメージの夏目の印象が悪くなると強固に反対しましたが、夏目の熱意に圧倒され、結果「なめたらあかんぜよ」の名セリフとともに映画「鬼龍院花子の生涯」は大ヒットとなりました。
しかし、この映画の3年後、夏目雅子は急性骨髄性白血病で27歳という若さでこの世を去りました。
デジタル撮影の映画は食品で言えば、インスタント食品のようなものだと思います。誰でも機材さえあれば、大きなミスもなく、予算内に完成させることができます。
でも、フィルムにはフィルムにしか出せない味、独特の雰囲気があります。
画質はフィルム撮影の映画では色合いがやさしく、まるでモネの絵画を観てるようです。逆にデジタル撮影の映画はカラーインクで描かれたようにくっきり、はっきり観えます。
綺麗過ぎて不自然ささえ感じるのは僕の古さ故でしょうか。
寅さんの映画もデジタルより、絶対フィルムで味わいたいものです。
ただし音質は絶対デジタル。モノラルでモソモソ言ってるのでは聞き取れません。
私のつたない文面で皆さまにどれ位フィルム映画が出来るまでの苦労や現場の過酷な状況が伝わったかはわかりませんが、画面から伝わってくるスタッフの熱意、映画館の熱気の全てが懐かしく思い出されます。時代の流れで仕方ないのですが、このような映画作りが終わりを告げる事に邦画ファンとしてとても悲しく思っています。
当院の映画樂会は古きよき時代の映画を皆さんと一緒に感動し、涙を流しましょう。
そしていっぱい語りましょう。
そして、そして・・・
生きる意味なんて問うことは、人間ぐらいがするもので、そこらへんで生きている動物なんかは生きることに精一杯です。
でも、あえて生きることに意味を付すならば、それは、自分に課せられた命題を成し遂げることだと思います。
人にはそれぞれ個性があって、その人にしかできないことってあると思うんです。
その命題が何であるかは、すぐに見つかる人もいれば、なかなか見つからない人もいる。
でも、最終的には生きているだけでいいんです。生きていることに価値があるんです。
人にはいろんな色があって、それが交じり合って新しい色を生み出す。
そうしていく中で、自分の命題を見つける。
何年かかってもいいんです。
最終的に見つからなくてもいいんです。
頑張って生き抜くことで、周りにいい影響を及ぼすのだから。
せっかく人間として生まれたんだから、生きましょう。活きましょう。
では、では、今度は映画樂会でお会いしましょう。