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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第213号

東日本大震災

皆様もうご存知かと思いますが、3月11日午後2時46分に三陸沖を震源としたマグニチュード9.0の世界最大規模の大地震があり、東北沿岸を中心に大津波による未曾有の被害がでました。その後原発の爆発という誰もが想像すらしていなかった大災害にもみまわれました。

この度の災害で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

私は、阪神・淡路大震災が発生した時、神戸それも東灘区にいました。微力ながら支援や復興のお手伝いをした経験があります。その時も現場はとても悲惨なものでしたが、今回はそれ以上の範囲・規模で被害が起こっています。とても想像がつきません。

私が大好きな神戸の街が被災している状況を目の当たりにして、自然と涙が溢れてきたことを覚えています。
何をしたらよいか。特別なことをする必要はありません。日常の生活を続けてください。気持ちだけ焦っても役には立ちません。被災した方々への配慮だけは忘れずに、今までどおり笑ったり、怒ったり、泣いたりして自分の人生を生きてください。自分だけ楽しんで・・・などという負い目を持つ必要はありません。
地震が起きる場所が違っていたら自分が被災者になっていたかもしれないので、自分の幸運に感謝しつつ通常の生活を続けてください。

こういう大災害が起きると国力が低下します。
被災しなかった方々は、国力を保つために日々自分の仕事を続けることが被災地の復興へ繋がるものと信じます。
こういう非常時こそ、非難や中傷は止めて、みんなが知恵を絞って団結することが大切です。
いまだかつてない危機的状況は、刻々とさまざまなメディアが報道していますが、今こそ、それを他人事として、受け身で、傍観者でいる場合ではありません。テレビ報道見て「うわー凄い」とか言ってるような傍観者じゃなく、義援金や節電などで思いを届けることで「当事者」になる努力をしていくべきだと思います。今こそ。

もし同じような災害に遭って、愛する家内や子供たちが冷たい波の下に沈んでしまったら、私の人生のその後何を糧に暮らしていくのかとかいう、意味はないけど拭い去れない不安、我が国の社会における信頼や価値というものが崩れ去ってしまうのではないかという不安、また、戦後と同じように復興していけばいいじゃないかという楽観論。いまの社会に復興させられるだけの活力が残っているのだろうか、私たちは次の世代にきちんとした社会を引き継ぐことができるのだろうかなどなど、結構複合的なものが来ているのです。

東京電力といえば誰しもが知っている企業であり、安全神話とかいう安易な言葉では語り尽くせない社会の軸の要素のひとつだったと思っています。東京電力が電気の供給を完全な形ではできなくなったことで、どれだけ私たちの生活の切り下げを余儀なくされ、不安を抱えることになったのか、きちんと向き合う必要があると思います。
私たちは、東京に住む住まないに関わらず、どのような形にしろ、支援を続けていかなければなりません。東京電力に対して怒ったって始まりません。後悔してもダメで、これから一歩一歩、放射性物質と共に歩いていく必要があるのです。

アメリカ政府もオバマ大統領が3月11日午後の記者会見で、日本への支援を誓いました。国と国との関係、とくに同盟国同士のきずなからすれば、この支援の誓約は当然でもありましょう。
でも日本にとってはありがたいことです。

私自身が感激したのは、アメリカの友人知人がものすごい数、私あてに日本での家族や親類、友人の安否をきづかう連絡をくれたことでした。もちろんその連絡は日本全体へのお見舞の意味をこめています。

ワシントンで日本の大地震の報が流れたのは3月11日の午前零時半近くでした。それ以後、この地震のスケールの大きさ、振動の激しさなどが速報され、すぐに被害の規模も歴史的となる見通しが明らかになってきました。
その後すぐに深夜にかかわらず、メールが届き始めました。同じアメリカでも西海岸では3時間前ですから、深夜とはいえません。カリフォルニア州やワシントン州にいる旧知からもお見舞の言葉が寄せられました。
イラクにいる友人からも「日本でいま大地震が起きて、多数の犠牲者が出ているようだが、あなたの愛する人たちがみな無事であることを祈ります」
というメッセージが届きました。そんな遠隔の地からも日本の大地震と聞いて、私のことを気遣ってくれたのです。
一夜明けて、アメリカ東部時間の11日朝になると、さらにどっとメールや電話でのお見舞が増えました。古い友人や知人から、アメリカの人たちが「だいじょうぶですか」「お気の毒です」とか「あなたの縁者たちは無事ですか」「幸運を祈ります」「苦労をねぎらいます」という趣旨のメッセージが寄せてきたのです。わざわざカードを届けてくれた方もいました。

日本人が思っているほど日本人は嫌われていないことは、思っていた以上に外国人にとっても日本の今回の震災と、日本人が味わった苦難というのは共感を呼んでいました。

いままで無理をして援助大国できた我が国の最後の輝きなのかなあとも思いつつも、意外なところで信頼され、また慈悲の対象となっていたことは、比較的外人とのお付き合いの多い私たち家族にとっても思った以上の出来事で、もう何年も連絡を取っていないような人から突然メールで励まされたり、状況を聞かれたり、必要なものはないかと問われたり、モノを送られたりというのは、やはり来るものがあります。

問題は、そういう日本、日本人に対する信頼感に今後どう応えていったらいいのか、また、次の世代、その次の世代へとどう引き継いでいったらいいのかを考えることです。グランドデザインと一言で言えば終わってしまいますけど、そのぐらい、私は重要なことだと思っています。

地震や津波の被害が明らかになりつつある中で、私は日本の歴史の中で繰り返されてきた秩序の崩壊期から再編期に入ってきたんだろうと感じています。

必要なことは、議論することです。それも、繰り返し繰り返し、思うことや考えつくことをひとつでも多く、一人でも多い人たちが声を上げて議論してコンセンサスを作っていくこと、生産的で建設的な方向に進んでいくことだと思います。 国が形を決めるのではなく、国民が国のあり方を決める。これがないとこの困難を乗り越えていく方策を見つけられないだろうと思います。

東京電力や保安院が情報を隠しているとか、官邸の説明は不十分だ、不安だ、という話はたくさん出ました。私も不安ですから、あまり人のことは言えませんけれども、少なくとも理屈においてはかなり正しい説明を行っているにも関わらず、安心感というニーズを叶えられず、次第にパニックがゆっくりと拡大していく、そんな気がしています。
結果的に、池上彰氏がテレビで解説したほうが、東京電力や保安院の記者会見による報道より不安が治まるというのは結構衝撃的でした。

先日のFOXテレビにはワシントン駐在の藤崎一郎駐米大使が出て、キャスターの質問に答え、日本の大災害の模様を正確に伝えていました。それを受けたキャスターが日本の災害を指して、「グローバル・ディザスター」と呼びました。
世界規模の大災害ということなのでしょうが、そのグローバルという言葉には、単に日本だけでなく、世界全体が受け止めねばならない大惨事という意味が感じられました。アメリカからみてもまったくの他人事ではない、ということでしょうか。

今はこんなに悲しくて 涙も枯れ果てて もう二度と笑顔には なれそうもないけど、言わずとしれた中島みゆきの『時代』の冒頭です。16年前の1995年、私は神戸にいました。阪神大震災の傷跡が生々しく残っている中、友人が几帳面な文字でこの歌詞をノートに書き写していたことをいまでもはっきりと覚えています。私自身の被害はなく、身内の被害もなく、建物の被害も軽微で、胸をなでおろした後で気づいた友人の表情。かけるべき言葉も見つかりませんでした。

阪神大震災の記憶が一気によみがえってきて、しばらくは動悸がおさまりませんでした。帰宅し、テレビをつけて知りました。さらにテレビは、にわかに信じがたい大津波の惨状を映し出していました。
今回の大地震で自宅が被災した友人、実家が被災したと聞きながら現地に入れない友人がいます。地震発生から3日経ち、彼らの無事がわかってほっとしましたが、この後、私にはなにができるでしょうか。
ボランティア。義援金。物資の寄付。ふるさと納税。有名人のみなさんも復興支援の意味を込めていろいろ実行しています。そのほか、仕事のなかでできることがあるかもしれませんし、友人たちが精神的サポートを求めているかもしれません。つらい記憶を消すことはできないかもしれませんが、乗り越えることはきっとできるはず。そう信じています。
たとえ今日は 果てしもなく 冷たい雨が 降っていても・・・・

第43回吉峰病院映画楽会

月日:2011年5月26日
時間:午後1時より
場所:3階食堂にて
題名:続社長洋行記
3月の続きです。続編ですが前回観られていない方でも十分楽しめますので、ぜひご覧ください。