香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第201号

野に咲く花のように

(コスモスの如く、名誉院長と共に)
悲しいことや苦しいことがあっても、いつかきっと乗り越えられる。
そんなふうに世の中はできている。未来を作るのは過去じゃない。
「今」、きっとこの一瞬、この想いなんだ。
今回は追悼特集。従業員みんなの声です。

看護部部長 堀川純一
私は昭和58年4月、准看護学校に入学し学校側から紹介され、吉峰病院にお世話になる事となりました。思い出されるのは、腰椎椎間板ヘルニアの手術の際、最初は他の先生方が行っているのですが、手術の大切な部分になると白い手術着になった大先生が手術室に入って来られ、する事を済ますと「後はよろしく」と言われ出て行く。そんな姿を見て「すごい先生だな」と思ったことです。また、ご迷惑をおかけした事もありました。勤務3年目での交通事故で左肩鎖関節脱臼の手術をして頂きました。それだけでなく術後に痛みに耐えられず、自分が職員であることも忘れて「院長(大先生)を呼んでくれ」とナースコールをしてしまいました。大先生はすぐに病室に来て処置をして頂きました。本当にありがとうございました。大先生が守られてきた吉峰病院を今後もたくさんの患者様から慕われる病院であるように努力していきます。本当にご苦労様でした。


看護科 草薙慶子
縁あって病院へ就職したのは昭和四十二年である。外来患者数500~600の超多忙な職場であった。外来診察、病棟回診、手術等毎日ハードスケジュール。手術が終わると夜中の11時12時はざらであった。その後書類の整理、朝8時半には出勤、大先生いつ寝るのだろうと思う日々でした。
大先生より、「自分は船の船長である。船が進むには職種に関係なく、それぞれの持ち場の人たちの協力があってこそ船は動く。それらの役割を考え感謝してこそ良い病院になる。」と。大先生は何時もおおらかな愛で見守って下さいました。患者様に対しては、病院を訪れる人は皆同じ立場にある。いつ何時も患者を断ってはならない。この精神を持ち続け実践し、その背中を見ながら少しでも大先生に近づけたらと今まで勤務してきました。
患者様、職員に大きな大きな愛をありがとうございました。これからも大先生の精神を守って参ります。見守っていて下さい。

看護科 川崎秀代
大先生が最初に開業した病院は、木造二階建てで玄関を入るとすぐに螺旋階段がありました。診察室はあまり広くありませんでした。忙しくて大先生の食事やトイレもままならない時でも、嫌な顔もせずにいつも患者さんを大切に想い診察をし、どんな時でも断る事をしませんでした。外来診察室前で、「大先生の顔を見るだけで病気が治る。」と言って患者さん同士が話をしていたのが思い出されます。また、いつも私たちに「ご苦労さん。」「大丈夫か?」などとねぎらいの言葉をかけて頂いたので、頑張ろうという気持ちをみんな持って仕事をしていました。特に新人・看護学生とはよく話をし、長所・短所を見つけ良い方向に伸ばして下さいました。今まで大先生と一緒に仕事ができた事を誇りに想います。
私事ですが、昔に大先生より直筆で皆勤賞・辞令等を頂いた物を、今も額に入れて大切にしています。私の宝物になっています。

看護科 香西京子
大先生の「流水先を争わず」を最近読み返しています。大先生の好きな言葉"人は言葉で育つ"、この言葉とは感動・感銘の意だそうです。ある月例会で、「掃除の会・トイレを磨いて自分の心を磨く」の参加案内がありました。大先生は所要の為参加できないとの事、掃除なら大先生の代役は出来ると思いで参加しました。その後、報告書として大先生に提出しました。すると、私達の報告書を「流水先を争わず」と高松市医師会会報に掲載して下さいました。掃除の会の参加したことに意義があった上に大先生の著書までに紹介された私は驚きと感動でした。「ご苦労様」で終わらせないのが大先生でした。
上手くは言えませんが、大先生は人を喜ばせようとかではなく自然体で多くの人に感動を与える不思議な力をお持ちでした。いつも相手の立場・気持ちを考えた言葉で接して頂きました。私達は大先生より頂いた数々の教えを守りこれからも努力していきます。

看護科 阿佐幸子
昭和42年に准看学生として来ました。2年間は学校と病院での生活でした。当時学生は、病院敷地内の寮に入っていたので家族的な感じで良かったです。節分の時、朝寝坊したので布団をそのままにしていたら、その上から大先生に豆を撒かれていました。それを拾って食べた思い出があります。また、職員の送別会ではまちの養殖場に行った時の事、はまちの餌やりの舟が大先生と一緒で、大先生より多く餌を撒こうとしている写真を見ると、その時の光景が今でも目に浮かびます。病院の忘年会・新年会の時、職員が"愛ぜんかつら"を歌い、大先生が一緒になって踊ってくれました。今では私の十八番です。
近いところでは、大先生とOB会での食事会に行き、昔話を楽しくしてもらった時の笑顔が思い出されます。もっと色々な話を聞きたかったです。
書ききれないくらい思い出はあります(歳の数ほど・・・)が、そっと胸にしまっておきます。

看護科 竹本浩美
私の大先生との思い出と言えば、やはり外来診察介助の時に色々な事を学ばせて頂いた事です。どの患者さんに対しても、笑顔で挨拶、同じ態度、見た目で判断しない等を教えられました。患者さんの話を良く聞き、疑問に思う事はとことん明確になるまで調べて答えを出すという姿勢には頭が下がりました。そういう所が患者さんへの信頼に繋がったのだと思います。大先生に少しでも近づけるように、患者さんの声を良く聞き、患者さんと信頼関係が気付けるように接していきたいと思います。
また、大先生は歌が好きで行事があるごとに歌を歌って下さいました。大半は古い歌で知らない歌でしたが、振付けをして歌っていた姿が今でも忘れられません。特に平成20年の忘年会で、まじめに楽しく軍歌を歌っている姿が目に焼き付いています。
私にとって大先生は偉大な先生でした。これからも私の中では、元気な大先生が生きています。

看護科 細谷由美
私が初めて大先生にお会いしたのは、20数年前看護学生として入寮する前に親子で挨拶に来た時だったと思います。同期5人と共に、病院の会議室に通されました。その時大先生から、「看護婦になろうと想った理由は?」と聞かれ、「"微笑天使"というテレビドラマを見て看護婦に憧れたからです。」と答えました。大先生は多分そのドラマの事を知らなかったと思いますが、「微笑天使とは良い呼び名だね!患者さんに対していつも笑顔で接して下さい。」と、私の話の一つ一つをしっかり聞いて下さいました。大変よく覚えています。ものすごく多忙な日々(外来診察、外来診察後の手術、事務の保険請求、医師会の会合、夜間救急患者など)にも嫌な顔を一つもせずに対応されていました。最後まで医師としての道を貫かれ、今でも大変尊敬しています。これからも私達の事を見守っていて下さい。

薬剤科 松原朋子
吉峰病院に就職してからの初めの数年間、先生が職員の日勤表を草薙婦長と検閲される朝の会に私は幸運にも参加させて頂き、毎朝少しずつお言葉を頂きました。人として、そして職業人として如何に生きていくのかを先生のご経験であったり、孔子など先人の言葉であったり、様々な観点から一つ一つ丁寧に温かくお教え頂きました。毎朝感動と共に仕事を始めることができ、その時の事は、宝物の様な思い出であり、今でも私の大きな支えであり、指標ともなっております。崇高なお人柄で、医療の理想や実践をお示し下さると共に私共職員一人一人に分け隔てなく大きなお優しい愛でいつも見守って頂きました。先生の大きな翼の下で今まで守られてきたのだと痛感し、感謝の気持ちでいっぱいです。泣いてばかりいないで、天国にいらっしゃる先生にこれからも見守って頂けるように精一杯努力し、自分らしく生きていきたいと思っております。

看護科
大先生から学んだ事から一つ挙げると「和」の大切さだと思います。唯、仲が良いのではなく、患者様に対して看護科全体が、より切磋琢磨しそれを実行していく事が恩返しになると共に、今後も大先生の心を忘れずに吉峰病院を良くしていくという気持ちを持って頑張っていきます。

事務課
大先生にはよく、接遇についてご指導を受けました。患者様に対して、どれだけきちんと向き合って接しているか、大先生はいつも笑顔で自分のことのように患者様と接していました。それを見習って私たちも患者様が安心して何でも話をしてもらえるような受付を目指していきたいです。

薬剤科
純粋に人を思いやる心と人との和を大切にする気持ちをひとつひとつ教えて頂きました。大先生が天に召されてから、一層その大切さを感じます。律しながらも気さくに温かく人を包み込む大きな大きな先生でした。高い高い目標ですが、私達も一歩ずつでも近づけていけるように努力していきたいと思います。

放射線科
大先生の誕生日プレゼントを色々と企画してきました。その中でも全職員で縫った米寿祝いの黄色いちゃんちゃんこです。決してキレイな仕上がりではなかったものを、とても喜んでくださりうれしそうに羽織っておられた姿が今でも目に浮かびます。その笑顔をずっと忘れません。

リハビリ科
名誉院長のリハビリ実施前は緊張と周囲の期待の大きさから不安でしたが院長先生の指導や御家族の御協力の御蔭で歩行可能まで回復する事ができました。また癌の告知後にも毅然とした態度でリハビリに取り組む姿勢から厳しい癌との戦いに正面から向かう精神力が印象的で多くの事を学ぶ事ができたので今後の臨床に活かしたいです。

介護科
大先生の笑顔が大好きでエレべーターの中でお会いすると、「頑張っているか?私も頑張っている。若いのだから頑張れ!」いつも声をかけて頂いた事。月例会の時に、「院長と一緒に良い病院を築いて欲しい。」と言っていた事を思い出します。患者様や職員の事を心より大切に想っていてくれた大先生の笑顔を忘れずに頑張っていきます。

栄養科
いつも人に思いやりを持って接せられ、旅先などでもアイスクリームなどを買って一緒に食べさせて頂いた思い出も...果物がお好きな先生で、特にグレープフルーツは大の好物だったと聞きました。食べ方にもこだわりがあると奥様より伺いました。病院での昼食の際でも食事中は良く噛んで時間をかけて召し上がられ、ご自身で食べにくかったものなどを話して頂きました。
想い出を大切にしてがんばって行きたいと思います。

吉峰公博
二つとないもの。それは命であり、臓器であり、私たち自身でもあり...と、父がいつもこう話をしていました。無二が大切なんだと。
二つとないものであれば、人間はそれを大切にするのではないでしょうか。
ものを大切にしない世代(我々も含めて)は命の尊さを理解できなくなっていくのでは...。今は大量生産時代。ものは粗末に扱われています。
そして一つ一つのものに価値がなくなっていくように感じます。
なんか、寂しくありませんか?むなしくありませんか?
人間、出会いがあれば別れもある。
別れがあるからこそ、想い出がある。だから大切にできる。
今を生き抜くのは辛いけれど、もっと「人間くさく」なろうと思っています!?