香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第200号

合掌

平成22年2月11日午前11時11分、当院名誉院長 吉峰泰夫が永眠いたしました。享年91歳。
現在、日本での死因の第一位は癌といわれています。
もう少し正確に言えば、死因の約3割が癌によるものです。
癌という言葉を聴いた事がない人はいないと思います。それほどポピュラーになった病気といえます。そして、治療法も色々考え出されてきましたが、どれも決定的なものではありません。未だに、手術と、放射線療法と、抗がん剤による治療法が幅を効かしています。

父が癌になり最期まで痛みがなく過ごせ、そこから私自身たくさん学んだ事を今回はお話します。

父が胃がんとの告知を受けたのは昨年7月のことでした。
右腸骨骨折から僅か3ヵ月後のことです。7月初めより胃がムカムカするとのことで胃カメラ検査を行いました。胃カメラ検査後「胃がん」との告知を受けました。
検査後、詳しい説明を受けたところ、手術は年齢、悪性度強い胃がんのため手術は不能。余命3ないし6ヵ月、ターミナルケアを勧められました。胃がんは「低分化型」と「高分化型」の胃がんが混在して厳しい状況でした。
さらに衝撃的な事実を知りました。8月には下咽頭癌が発見され、この癌は胃がんに合併することが多いことも教えられました。
ターミナルケアを行う病院を探しましたがなかなか難しく、現在の医療の問題点を再確認させられました。安らかな死を迎える権利は誰にでもあるのに...、それは「人権」であり、人としての「尊厳」ではないのかとも思いました。
今の医療はそもそも手術の評価点数が高く病院の利益が大きく、それに対してターミナルケアは大変な看護、介護が必要にもかかわらず、評価点数が低く、病院にとっては「招かれざる客」なのです。
それであれば、診療科は違うがここでやれるとこまで、やろうと決意をしました。その時から父と私との癌との戦いが始まりました。
父からもこれからは高齢者が増えるということは、私のような患者が増えることだ、であればこれを機会にどうすれば癌を迎え撃つことができるか、考えて治療をしてみろ。起死回生の逆転ホームランを期待してるぞといわれました。それからというもの手当たり次第に本を読み、いろいろな人からも意見、助言をいただき、「がんをやっつけよう!」と私は心新たに誓いました。告知を受けてから初めて私の心にも笑顔が浮かびました。
ストレスなどがあると体のエネルギーに必要なミトコンドリアの機能が低下してエネルギー不足の状態になり、体の中の細胞は正常な活動ができなくなります。代謝が衰えた細胞はコントロールを失い、癌化する一方で、免疫細胞の数や機能も低下して、がんは勢力を増していきます。
癌とは不思議なもので、昼は正常な細胞が活動し、夜はがん細胞が活動するという細胞の性質がわかりました。また、栄養が行き過ぎると癌が活発化し、進行が早くなる、それを何とか利用できないだろうかと考え、ストレスを抑制するために、父の好きなビデオ、DVDなどの鑑賞、室内の温度、湿度の調節、空気清浄を行い、徹底的に感染を防ぐことも行いました。また栄養補給も生きるうえに必要な最低限度とし、経口摂取を行うと咽頭、胃に刺激を与えることになるため、点滴にて行いました。
私たちの体は、無数の細胞から成り立っています。細胞の1つ1つは、小さな部屋ですが、その細胞が集まって秩序正しく並んで組織を形成し、さらに心臓や肺、肝臓などの臓器になって、それぞれの大事な機能を果しています。精巧に組み立てられた精密機械のようなものです。では、どうして細胞は、それぞれの組織・臓器の目的に自らのかたちを変えていけるのか、個々の細胞にある「核」の中には、それを担う「設計図」が入っています。それが遺伝子DNAのです。DNAは「A・T・G・C」の4つの文字の並びで、まるで暗号文のようなものです。その暗号文は全部で30億文字の、非常に長いものなのです。それぞれの細胞はさまざまな状況を察知して、その暗号文に基づいて自らの姿を変えていき、そして、全体として私たちの体を創ります。そのどこかに異常が発生したのが癌なのです。
がんを発生させる物質を発癌物質と呼ぶのですが、それは「DNAに傷をつける物質である」ということが分かってきています。その発癌物質によって、DNAが傷つけられると、本来あるべき正常な細胞が、がん細胞に変わってしまうことがあるのです。
とはいえ、「DNAにちょっと傷がつくだけで、がんという病気になる」というわけではありません。仮にがん細胞ができたとしても、それが目に見えるような癌に成長するのには、場合によっては10年、あるいはそれ以上もかかるのです。
細胞が発癌物質を浴びても、細胞の形はすぐには変わりません。しかし、そうした物質が細胞の中の遺伝子に傷をつけ続けると、細胞が本来の秩序を失った状態となります。これはがんになる手前の状態と考えられます。
さらに遺伝子の傷が積み重なると、1個1個の細胞のかたちも正常細胞とは変わってきます。これが癌と言えます。
癌遺伝子の存在が、ニワトリやラットにおけるウイルスを起因とする癌で見つかったのが1976年で、こうしたことから、遺伝子の変化から癌の発生に関係しているのではないかという考え方が現れ、研究が始まったのです。
そして最近、DNAの1ケ所だけではなく、ヒトの遺伝子情報のすべて(ゲノム)にどのような変化があるのかを調べる方法が急速に進歩し、今はヒト・ゲノムの全体の「A・T・G・C」の配列がほぼ分かり、完全に解読ができるようになっています。
発癌物質にさらされたとしても、すぐに癌になるわけではないとお話しました。もし、癌を発生させるような物質に細胞がさらされた途端に遺伝子に傷がつき、それが簡単に増殖するのであれば、がんは現在よりもっと頻度の高い病気になっているはずです。実は遺伝子には、異常が生じると癌化する遺伝子がある一方で、それを抑制するような働きをする癌抑制遺伝子が発見されています。
正常細胞とがん細胞を組み合わせると、正常細胞になったという実験もあります。私たちのからだの細胞の1個1個には同じ遺伝子が2個ずつあり、それが一対になっています。対の一方はお父さんから、他方はお母さんからもらったものです。その癌になるのを抑える遺伝子の一方に傷がついたとしても、もう一方の遺伝子に同時に傷がつかなければ、癌細胞にはならないのです。癌を起こすような遺伝子の活性化だけではなくて、癌抑制遺伝子に傷がついてそれが働かなくなることによっても、癌が進むということなのです。
多くの癌では、1つだけではなくて、たくさんの遺伝子の傷が積み重なってたちの悪い癌になり、その癌が原発巣を超えて転移する場合にも、さらに遺伝子の異常が積み重なっていることも分かってきました
このように癌についていろいろな事がわかってきました。
私と父も西洋医学を学んできました。西洋医学の癌に対する考え方は、体から癌を消し去ることを目標としています。しかし、学べば学ぶほど痛感するのが、癌は体だけではなく心にも命にも深く関わった病気だということです。
だからこそ、西洋医学の良さを十分に活用しながら、心と命に関わる医療を大いに駆使してやった方がいいと思うのです。これは、まず逆転満塁ホームランはありませんが、ヒットを打つことは可能だと思います。縮小はしないけど大きくなっていない、少し元気になった、体調が良くなったなど、ヒットを1本1本打つことも、がん治療では大事なんだとおもいます。
勉強しているうちに、いろいろな事が分かっていました。「がんとの戦いは、死との戦いではない」ということです。今の医療行政では死ねば負け、死ななきゃ勝ち、というふうな考え方が主流のようです。
医療者自身も「死は医療者にとって敗北だ」という感覚が強いんです。
医者として敗北したくないから、昔は徹底的に抗がん剤治療をし、手術をしました。そうして叩きのめされるようにして亡くなる人も多かったのです。患者に残された時間は、後回しだったのです。人間は必ず死ぬんです。目の前の敵のように癌と向き合うのは、医療をおかしくするのではないでしょうか。
以前、新聞でも取り上げられましたが笑いで病気しらず、このようなものも癌の治療に取り入れるべきなのではないでしょうか。
いままでは、癌術後の回復を早めるための工夫とか、日常生活に気をつけて悪化しないようにする、というのが別の治療法であったと思います。
私が思うこれからの癌治療は今までの消極的な治療とは違い、患者さんの生きてきた歴史を柱にして、可能であれば手術、放射線治療、抗癌剤治療も考え、心、生活、環境、全てをトータルで考えた中から生まれてくるのであってほしいと思います。
「癌はバカだ、おやじを苦しめて殺しても癌も死ぬのに。僕が癌なら、苦しめなくて生きつづけるのに・・」そういう思いも。。。
この半年色んな事がありすぎて、夜な夜な大泣きして僕自身壊れそうになったこともありました。でも、父のお陰で毎日笑ってこれました。
最期を見た瞬間手が震え、涙腺が切れたぐらいに大声を出して泣きました。半年でたくさんの想い出をもらったし、命の有難さを教えてもらいました。人生って長い短いではなく、どう生きたか、って事なんかなって思います。
父も私も映画が大好きで何事もすぐ映画に例えてしまいます。不謹慎かもしれませんが、今回も。ラストシーンがいいと気持ちが豊かになります。91年間、まっすぐに生を充実させてきた父、最期は癌に負けたとか勝ったというような顔ではなく、何かこう「自分の人生の中でやるべき仕事はある程度できた、でも後は頼んだぞ」と言ってる様な満足した顔でした。
親父、ボクは「ちゃんと」生きてますか?
天国で情けなく思っていませんか?
もうちょっと時間を下さい。
きっと天国で胸を張れるような息子になりますから。
合掌。
私はこれからも、父が行ってきた医をがんばって継承していきたいと思います。