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コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第178号

映画 海と毒薬

つい先日、「海と毒薬」という映画、DVDですけど観ました。何回目になるかは記憶にありませんが。。。この映画は「狐狸庵」というペンネームによるユーモア溢れるエッセイでも知られる遠藤周作の小説が原作です。「海と毒薬」は同じ作家が書いたとは思えないほどシリアスな作品なのです。

時は、第二次世界大戦末期。戦争という異常事態に行われた生体解剖事件を題材に、クリスチャンであった遠藤周作の宗教感を描こうとしたと評されています。1958年には毎日出版文化賞・新潮賞を受賞し、作家として活躍をはじめる大きな足がかりになったとも言われています。「海と毒薬」という題は、遠藤周作が九州大学医学部に見舞客を装ってもぐり込み、屋上から雨にけぶる町と海を見つめていて思いついたそうです。

これまでの60年の僕の人生に最も大きな影響を与え続けている映画のひとつです。監督は熊井啓、サンダカン八番娼婦館、忍ぶ川、黒部の太陽など骨太な社会派ドラマを作る監督として有名です。彼の想いでは三船敏郎、石原裕次郎の二人が共同で製作した映画、黒部の太陽の時のことです。この映画は当時、五社協定といわれる制度のため、難航し、当時日活の監督であった彼は裕次郎のために退社し映画を完成させたのです。
僕が初めて遠藤氏の小説を読んだのも「海と毒薬」でした。当時は、主にその圧倒的なストーリー展開のうまさと読みやすさに惹かれ、遠藤氏の小説を読み漁ったのですが、遠藤氏の小説を読み続けていくうちに、いつしか彼の小説から大きな影響を受けていました。初めて遠藤氏の小説を読んだ時以来、折りにふれ気に入った小説は、何度となく読み返しています。そのたびに、遠藤周作から受けた影響の大きさを改めて実感しています。
最近思うのは、初めて彼の小説を読んだ時には全然彼の考えを理解できていなかったな、ということです。20年近く、彼の小説を読み続けているうちに、以前に比べると多少は彼の考えを正確に理解できるようになったとは思っています。しかし、読み返すたびに違う感じ方を与えられる場合の方が多く、おそらくこれからも時間の経過とともに、小説の読み方は変わっていくのは確かでしょう。

この映画に対する評論などは読んだことがないので、一般にこの映画がどのように見られていたかはよく知りませんが、パンフレットの解説では、「日本における神の不在を描き出し、日本人の罪の意識を問うた」というように書かれています。たしかにこれはその通りだと思います。この映画には生体解剖という非人間的行為に参加しながらも、良心の呵責を感じない人々が描かれています。このことから考えても、日本には神が不在で、本当の意味での「罪の意識」を感じることはないのではないか、という問題提起がこの映画のテーマでしょう。ただ最近この映画を観たとき、遠藤氏、熊井啓氏は問題提起をおこなっただけではなく、その答えを示しているのではないか、と僕は感じています。彼らが描き出したかったのは、「神の不在」なのではなく、「神の不在に悩み、神を求めている日本人」なのではないか。つまり、この映画の主題は、良心の呵責を感じない日本人なのではなく、良心の呵責を感じないことを悩んでいる日本人なのではないだろうか。
とはいっても、彼らに対する「救い」は示されているわけではありません。この点は、どんな弱虫も卑怯者も決して見捨てないという、後の彼ら作品に首尾一貫している「やさしさ」を考えると、さすが熊井啓作品だと思えます。
以前、この重いテーマがどんなふうに映画化されたのかとある緊張を持って観に行きましたが、画面が統一感のある抑えた色調で、背の高い若き日の奥田英二や渡辺健が二人とも白衣を着て斜めから光が射し込む病院内に立っている姿はまるで洒落た外国映画のようでした。
熊井啓監督はこの作品の生体解剖シーンで臨場感を出すために本物の動物の血を使ったという噂が流れました。
貧しく助かる見込みのない自分の患者が実験材料に使われることに大学の教授たちに抗議することのできない研究生の勝呂、そんな彼を冷笑している戸田の二人もこの生体解剖に参加するように言われるがまま、参加することになる。
戦争中の異常な状況下に置かれた人間の心理状況が通常では考えられない残虐な行為に走る例は歴史の中でもよく見られますが、ここでも希望のない状況下で人間としての感覚がまったく麻痺した行為へとつながって行くのです。
確固とした倫理観が特に希薄になり、なおいっそう集団心理に流されやすくなっている現代の私たち日本人へ今も変わらず重いテーマを呼びかける作品でもあると思うのです。
この原作がもし医学の授業で取り上げられたならば、自分の患者が実験材料に使われることに抗議できず、生体解剖でもぶるぶるふるえてしまい、役に立たなかったこの勝呂のことを私にはまったく他人事には思えなかったくらい、共感を覚えてしまうように思うのです。私の中ではシンクロするイメージ、「硫黄島からの手紙」「鬼が来た」とこの「海と毒薬」。
いずれも生死の境を貫くような冷たい視線を持った映像でが、中でも、リアルな手術シーンは、「硫黄島からの手紙」の自決シーン以上に、これから起こるであろう「恐怖」を予感させる冷たさがいやが上にも心の中にうごめいてしまいます。
果たして、本作にこんなリアルな手術シーンは必要なのだろうか?
このシーンのためだけに全編をモノクロにする以外なかった事は容易に想像できますが、そこまでしてこのシーンを入れる必要性あるのだろうか。と感じてしまうのですが。
若い世代に戦争の残酷さ、人間が敵国の人間を生体実験のためだけに殺していた事をつたえるのに、「海と毒薬」はアプローチの仕方がすこしすごすぎるように感じるのです。
本当にすごい映画です。一度、ごらんください。
こんな映画を作るのって日本人しかいません。

尿についてのお話

新緑の眩しい季節になりました。これからだんだんと気温が高くなり、たくさん水分をとる時期になりますね。体内の水分バランスを保つ働きの1つに尿の排泄があります。そこで、先日の夢工房でお話させていただいた「尿について」の内容を、再度紙面にて取り上げたいと思います。

★そもそも、尿とは何ぞや!?
 尿ができるまでのしくみを簡単にいうと、全身をめぐっている血液が、老廃物や身体に余分なものを腎臓まで運んでくるところから始まります。
次に腎臓は運ばれてきたものを、再利用するべきものか、排出するべきものかに分別して、いらないものを水分と一緒に膀胱(ぼうこう)へと送ります。そして膀胱より排出されるものが尿です。
いわば、身体の中をキレイにしてくれるしくみです。
たかがオシッコ(尿)、されどオシッコ!
どこかでこのしくみがこわれると...いろいろなサインがあらわれます。

1日の尿の量や回数ってどのくらい?
1日量 1500ml、 回数 日中5~7回、夜0~1回

人の平均的な値を示しました。もちろん、水やお茶など飲み物をたくさん摂ったときは増えるし、汗をかいたり下痢をしたときは減ります。季節や体調、個人差もありますので、あくまで平均的なものと思ってください。

う~ん?私は回数が多いなぁと思った方はいませんか?「頻尿」なのか「多尿」なのか考えてみましょう。
いわゆる「頻尿」といわれる状態は、加齢による膀胱周辺の筋肉のゆるみや神経障害、感染や炎症、男性ですと前立腺肥大などにより、膀胱に少ししか尿がたまっていないのに尿意を感じ何回もトイレに行く。その上すべて排出されず残尿感があるのが特徴です。1回の量が少なく1日の総量は正常な場合が多いです。
「多尿」の状態は深刻です。腎臓の機能障害により、身体に戻すべきものまで尿として排出される状態で1日量が2500mlをこえることもあります。逆に「乏尿」といわれる尿が出ないときも同じく腎臓が危険な状態です。
何気ないことですが尿の量を気にしてみてください。尿検査をすると、頻尿・多尿の原因がわかります。1


尿の色がいつもと違う!?
   
赤っぽい~褐色、茶色だ!
白っぽくにごっている!
黄色が蛍光色で絵の具のよう...

いろいろな原因で尿の色は変化します。
赤みをおびていたり茶色をしているときは、血液が混ざっている可能性があります。尿ができるまでにどこかで出血していることが考えられるので、炎症や尿路結石、腫瘍を疑い検査します。
白くにごる場合は細菌感染や炎症により膿が出ていることがあり、イヤなニオイがすることもあります。糖尿病で糖が尿中に出ているときも細菌が繁殖し同様な症状がありえます。激しい運動やストレスで一時的にタンパクがおりているときに白っぽくなることもあるので、検査で確かめましょう。
黄色が濃い場合は水分が足りず濃縮尿だったり、肝臓や胆嚢に障害がある可能性もあります。
蛍光色な黄色はビタミンの多量摂取が原因です。また様々な薬で尿の色が変わることもあります。

これらの色の変化も尿検査をし、尿の中に何が多く排泄されているか調べると原因がわかります。
尿は身体のバロメーターなんです!

たった少しの尿で、たくさんのことがわかります!
疲れがたまっていますね~、水分をよく摂っていますか?
う~ん??炎症がおきていますね...
腎臓や肝臓を詳しくしらべましょう~    
など
簡単で、痛みもなく、いつでもできる尿検査で体からのサインに気づいてあげましょう!