香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

English

コスモス新聞

コスモス新聞 病院からのお知らせ、ちょっとしたエピソード、医療に関するお話、患者様よりお寄せ頂いたメッセージ、思い出の映画など情報満載です。

コスモス新聞第101号

外反母趾について

外反母趾は欧米では200年位前から治療されていた古い病気ですが、最近は我が国でも生活スタイルが欧米式になり次第に増えてきました。
靴に足を合わせて無理して履いていると骨が変形してきます。
何ともつらい足を抱えて長い間、特に女性は我慢を強いられてきましたがマスコミがこれを取り上げるようになって外反母趾という病名が一般的に知られるようになってきました。
ヒールが高いと膝から足元までの長さが見た目長く見え、小さな足はきゃしゃな感じを与えると思われ、長年女性は痛みを笑顔に変えていたようです。外反母趾は足の母趾の付け根の所に痛みがでます。
特に欧米人は起きてから寝るまで靴を履いていますから、この病気になりやすくなります。
あるアメリカの都市では住民の15%~20%が外反母趾で悩んでいるといわれる程多い病気です。
最初の頃は付け根に痛みがあるのですが家に帰って靴を脱げば痛みがとれます。
しかし次第に外反母趾が進行してくると靴を脱いでも痛みが引かなく、また、立っているだけでジンジンする痛みが出てきます。

では何故、外反母趾は起こるのでしょう。
人間は昔から立っていたり、歩いたりしているのであまり問題になることはありませんでした。
それはギリシャ、ローマ時代には映画、雑誌でも見られるように鼻緒のある履物を履いていたからです。
スカンジナビアのような寒い地方でも履物の中で足の趾が動くようなゆるいものを履いていました。
そのような履物を履いていた国では趾の動きに制限がありませんから窮屈な状態にならず外反母趾が起こらなかったのです。
統計からみますと足の趾の長さも関係してくるようです。
母趾が一番長い人と2趾が一番長い人、母趾と2趾が同じ位の長さの人と比べてみますと母趾が一番長い人の方が外反母趾になりやすいと言われています。
一番良くないのは母趾が他の趾よりも長い人が窮屈な靴を長時間履いて立っている時間が長い人は外反母趾になる危険が大きいことになります。
明治の中頃に発行された医学雑誌に森 鴎外がこの外反母趾について、日本人もこれから気をつけなければならない病気の一つであると書いています。
さすが人間を観察する鋭い目を持っている人ですね。
外反母趾の治療
一般的には、まずレントゲンを撮り、どのくらいの変形が起こっているかを診断しなければなりません。
それによって保存的治療がいいか、手術を考えなければならないかを判断しなければなりません。
予防したり、これ以上の変形を防ぐ必要は変形度に関係なくあります。

ではどのような事を考えればよいのでしょう。
鼻緒のあるような履物を履いていた時代は外反母趾は起こらなかったのですから、出来るだけ自由な時間帯では鼻緒のあるような物を履く事が必要です。
でも家の中では鼻緒のあるものを履くことは難かしいので鼻緒の変わりにガーゼなどを母趾と2趾の間に挟んでおくこともいい方法と思います。
市販されているものの中には不適当な物もありますので注意して下さい。
趾の間に挟むものは硬いものはよくありません。
ある程度の柔らかさが必要です。
硬すぎるとかえって趾が動かなくなり逆に悪くなる事があります。
趾も動いていないと筋肉が弱くなったり、血行が悪くなったりして結局治療にならなくなります。
動くという事は歩いていたりする事により趾に力が入りこれが訓練になるのです。
よく通信販売で売られているようなプラスティックの物とか、薄い金属で出来ている物は逆に悪くすることにつながりますので気をつけて下さい。
関節などはじっと固定しているとかえって悪くなりますので、動かしながら治す事が肝心です。
では靴を履いている人はどうすればいいのでしょうか。
そういう人は足底板をつくるという方法があります。
それは外反母趾を治すというよりも足全体の形を整えて外反母趾の発生を予防するという方法です。足のアーチを出来るだけ良く保つという事です。
アーチというのは分かりにくいものですが正面から見ると弓のように趾がなっていて、横からみると土踏まずが持ち上がっていることです。
このアーチをがりうまく保たれてなくなると扁平足になったり閉張足になったりすると靴の中で窮屈な状態が発生し外反母趾になりやすくなります。
靴を変えるという方法もあります。
昔、私は靴を変える事により外反母趾が予防できると思っていませんでしたが靴自体を治療用にすることが可能になり、その人に合った靴を履く事により治療になる事が可能になってきました。
ではどのような靴を選べば良いのでしょうか。
日本ではまだ靴に対する知識が少なく、入ればいいという感じがあります。
ドイツなどでは4年制の大学をでて1年間実習し、資格を得た靴専門員という職種があります。

その専門員の人はどのように人それぞれに靴を選んでいるのでしょうか。
(1)始めに足先を合わせるのではなく、まず踵の方を合わせて履いて、先が窮屈ではないか、どの位の余裕があるかを確認する。
(2)次に足巾の一番広い部分が靴と摩擦をしていないかどうかを調べる。
(3)足のくるぶしの少し下あたりがあまりにも余裕があり過ぎず、また窮屈になっていないかを調べる。
(4)踵がよく当たっているかを歩かせてみて調べる。
(5)歩行中に傾いていないかを調べる。

細かくかきましたが、要するに靴がその人に合っているかどうかは歩いている本人が一番良く分かるのではないでしょうか。
少しでも窮屈さや歩いてみてグラグラするような安定感の悪い物は避けるのがいいでしょう。
とはいってもそのような靴こそ、足がきれいに見えるという神話は消えないようです。デザインだけに捕らわれず靴を裏側から見て自分の足の形と比べてみる事も大切です。将来の痛みより今のカッコ良さに重点を置いている若いあなた。
痛みが出てから後悔しても遅いということを念頭に。
でも、時にはこの靴がどうしてもと履きたいというような事もあるかと思います。
はじめてのデートやしゃれたレストランに行く時など。
そんな時には誰に止められても無駄でしょう。
でも長時間になることだけは避けるようにして下さい。
そして帰宅してゆっくりお風呂に入って、テレビでも観ながら足の指を開く運動をして下さい。
なに、とても簡単です。
ジャンケンとおなじ要領で手ではなく足でグー・チョキ・パーと動かすことです。
あなたがリラックスしている時に足の指もリラックスさせてあげて下さい。

JSA

久しぶりにすごい映画を観たと思った。
何とも重くなりがちなテーマなのに「これは!!!」と思わせるストーリー。
原作者が言いたかったメッセージが真っすぐ僕の心に飛び込んできた。
JSAは南北分断の象徴である38度線上にある共同警備区域(JointSecurityArea)で起こった射殺事件を発端としています。
不勉強のため今まで知らなかったのですが、この場所は永世中立国スイスとスウェーデン、チェコ、ポーランドの4ヵ国からなる中立国監督委員会により監視が行われています。チェコとポーランドは自国の情勢の悪化からこの役目が果たせず、現在はスイスとスウェーデンの2ヵ国で行われています。
最初はふーんとこれが板門店かなどと呑気に観ていたのですが途中から段々と真剣になっていました。
1950年6月、北朝鮮は韓国を共産化するため38度線全地域にかけて侵攻、3日目にソウルが陥落、釜山を除き韓国全域がわずか1カ月で北朝鮮の支配になった。
すぐに国連が介入し戦況を逆転させましたが、その後3年にわたる戦争の後、休戦協定が結ばれました。これが実際の歴史です。
JSAの中で朝鮮戦争当時、コジェ島に北朝鮮軍の捕虜収容所があったと語っています。捕虜は二つのグループに別れ、壮絶な殺し合いがあったそうです。
共産主義と反共産主義者との間で。
内戦のなかの内戦と言われたこの凄惨な戦いも終戦と同時に終結、選択の自由が与えられました。

資本主義の南への投降か、共産主義の北への帰還か。
17万人の捕虜のうち76人が両方ともに拒否し世界各国に散らばったとJSAの中で言っていました。
この歴史を土台にJSAは作られました。
JSAで起こった射殺事件。生き残った南北の兵士たちは何故か互いに全く異なった陳述を繰り返します。
中立国監督委員会は責任捜査官として韓国系スイス人である女性将校ソフィーを派遣。事件の当事者たちは真実を語ろうとはしません。
そこには全く予想外の真実が隠されていたのです。
南北に聞こえた11発の銃声は何を語っていたのだろうか。
彼らが命をかけても守らなければならなかった真実とは。
民族の統一という理想をいつも胸に抱えて、現実には敵対にも等しい同一民族間での葛藤の数々。
オ・ギヨンピル士官にソン・ガンホ、イ・スヒョク兵長にイ・ビヨンホン、ソフィー・チャンにイ・ヨンエを起用。
若手のイ・ビョンホンに年上のソン・ガンホが補佐するようにいい演技を見せていました。時間があれば是非、じっくりと観てほしい作品です。
そして、考えてみて下さい。