香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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エッセイ

エッセイ

やまざくら「(7)」

昼ご飯を食べに行こうと腰をあげたところに、PTの小倉君が医局に入ってきた。
「吉峰先生、ちょっといいですか。」
見るとカルテを持ってきているから、何かの相談のようだ。
「いいよ。」
小倉君はPTの学校を卒業して2年になる。
希望してこの病院に入ってきた。
そして独学でマッサージの勉強をしている。
お年寄りの多くなった昨今、マッサージは一番、患者さんに希望されるオーダーの一つだ。
彼はうれしそうに目を細めてマッサージをして貰っている患者さんを見て、自分から勉強を始めた。
まだ、若く、少々頑固だが、信頼のできるPTに育っていると思う。「実は雨宮さんのことなのです。」
椅子に座りながら、彼はカルテを開いた。
ウーン、これは長くなるかなと、未練気に昼飯に思いを馳せた。「雨宮さんは毎日、訓練に行ってると思っていましたが。」
昨日もリハビリ室にいた彼を見ていたので、不思議に思った。
「確かに毎日通ってきてるんですが・・・。」
右の大腿骨頚部骨折のリハビリのためには運動訓練が必要です。
股関節の可動域を良くするために、PTは足を持ってゆっくりと押したり、引いたりして動かす訓練をします。
痛みの伴うつらい訓練ですが、歩けるようになるためには必要な訓練です。
その他に筋力アップのための臀筋のトレーニング。
これは横を向いて足を上げたり、下げたりします。
リハビリ室に設置してある4段位の階段をゆっくり行き来する歩行訓練など、雨宮さんがやらなくてはならない訓練はたくさんあります。
「杖をついて歩くため右肩にに負担がかかり、ひどく痛むようなので、先週からマッサージを始めたのです。」こまったように顔をしかめる。
「雨宮さんはそれがすっかり気にいって、毎日マッサージには来るのですが、後がいけません。」
風が食堂の空気を運んできたらしく、おいしそうな匂いが漂ってきた。
「運動訓練をさせようとすると、急にトイレに行きたいと出ていったままドロンしたり、頭痛がひどくて響くとか、腰痛がでちゃったとか毎日言い訳ばっかり。ちっともリハビリが進まないのです。」怒るというより、笑いながらこまっているみたいだ。
でも、これでは、まるで駄々っ子と同じだ。
「先生、どうしましょう。」
どうしましょうと言われても、こうしなさいとは言えない。
何しろ、相手は僕の祖父くらいの年齢だ。
お年寄りは大切にと、常日頃思っているが、そろそろ限界かな。
「わかりました。後で話してみましょう。」
「先生、相手のペースに乗らないで下さいよ。何しろ話がうまいんだから。僕なんかいっつもだまされてしまって。」
"いっつも"に力が入った。
これは相当てこずっているなと内心、彼に同情した。
誰にでも好かれる人柄が、彼に幸いしているのか。
それとも弊害なのか。
雨宮さんと話していると、柔らかいクッションにふんわりと乗っているような心地よさを感じる。
彼のリハビリに、こんなにてこずるとは思わなかった。
今でさえ、予定が遅れているのに、これ以上遅らせるとますます訓練時の痛みがひどくなり、骨も固まってしまうだろう。
午後遅くに彼の部屋にむかった。
「雨宮さん、リハビリどうしたのでしょうね。」部屋に入りながら聞いた。
「あっ、先生、今日は大変でしたよ。又、岩谷さんから新しい話を聞いちゃいました。」いつもの表情を浮かべながら、僕の手をとらんばかりにベットの端に腰掛けさせる。
「幽霊狩りに外科に入院している若いもんが、今夜から・・・」
僕の顔を見て、何かを感じ取ったようで、早口でしゃべろうとする。「雨宮さん、訓練が大事なことわかってますよね。」
「大丈夫ですって。ちゃんと明日から頑張るつもりでいますから。」「本当ですね。約束しましたよ。」
「神かけて、本当です。」胸で十字を切る。
「雨宮さん、カソリックですか。」
「い~え、とんでもないです。」
部屋を出ながら簡単に返事をするのは、あやしいと思ったが信頼とは何ぞやと自分に問う。
でも、本当に信じていいのだろうか???