香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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エッセイ

エッセイ

やまざくら「(6)」

「昨晩ね、いやなものを見ちゃったよ。」当たりを見回しながら声をひそめて少し自慢そうに話し出したのは、田中のおばあちゃんだ。
彼女はもともとは内科の患者さんなのだが、ヘルニアが悪化して一時は痛みのためにベットから動けない状態だったので、整形に移されてきたのだ。
「何かあったかね。」受けたのは慢性関節リウマチの岩本のおばあちゃん。
「廊下をね、すーっと通って行くのよね。す~っと。」お化けのように手をぶらぶらさせ、うらめしや~といいかねない。
「やだ、とうとう出たの。ここだけはそんな話を聞かないと思っていたのに。」思わず襟元をあわせた岩本のおばあちゃん。
「やっぱり病院って、出るのね。恨みでも残ってるんだろうか。」更にあおるように田中のおばあちゃん。
「出る出る。前の病院でも開かずの間とか、きしむ階段ってあったもの。泣き声が聞こえるなんてのもあったね。」岩本のおばあちゃんが答える。
「でも死んだ人、この頃いるのかね。」田中のおばあちゃんが聞き返す。
「さあ、聞かないね。でも外科あたりで、ね。」さらに話そうと岩本のおばあちゃんが身を乗り出した時。
さっとカーテンが開いて、島崎の明るい声が響く。
「おはようございます。検温です。あら、岩本のおばあちゃん、自分のベットに行って下さいね。すぐに伺いますから。」
内緒話を聞かれたかと一瞬顔を見合わせたが、どうやら聞かれてないと判断したらしく、岩本のおばあちゃんは黙って自分のベットへ引き上げていった。
ところがしっかり島崎は聞いていたのでした。
ナースステーションで同期の山下に面白おかしく話しているのを、通りがかった一年先輩の宮崎に聞かれ、仕事の手を休めての幽霊談義。
止せばいいのに他の看護婦まで誘ってしゃべっているのを婦長に見つかったといえば、後はおきまりの事、きついお叱りを二人が受けたのは言うまでもない。
ところが幽霊談義はまだ続いていたのでした。
一人が二人に、そして三人、四人と噂が広まる早さは伝染病以上、津々浦々、知らないことが罪悪のように、静かに波紋は広がっていたのです。
「先生、この頃病院の中が物騒なようですな。」にこにことリハビリ室で雑談をしていた雨宮老人が、僕を見つけて話しかけてきた。「何がですか。」良くわからなくて返事をにごすと、目の中をのぞきこむように近付いてきた。
「幽霊ですよ。ここにもついに出たと言ってましたよ。」
目元にしわがよって、おもしろがっているのが一目瞭然。
「おしゃべりすずめが妙に騒いでいるらしいですね。」
無関心をそよおい、カルテを見ながら、僕は聞いた。
「信じてますか?」
「全然、でも静かな病院が活気づいて、幽霊も迷惑でしょうな。」「確かに。ところで雨宮さん、近ごろ頑張ってますか?」
彼はあらぬ方を意味ありげに向いて、僕の質問を無視した。
リハビリ室は広く、南向きなので日当たりも良好である。
だから、かっこうの井戸端会議場になっているらしい。
「岩本さんに吹き込まれましたね。」あてずっぽうに聞いてみた。「あれ、ばれましたか。」含み笑いを残して、彼は退散していった。 雨宮老人にまで噂が届いているとすればと考えて、頭が痛くなった。ひろがった波紋はおひれをつけて、いつのまにか幽霊病院にまで発展しそうな勢いです。
見てもいないのに見たという患者さんまで現れ、とうとう院長の耳にまで。
苦笑いの院長も処理のしようもなく、噂は夜の病院を庭にして自由に歩き回っていました。
睡眠薬の処方が増え始め、夜間のトイレに行くのをいやがり失禁する患者さんも出て、事態はより深刻になってしまったのです。