香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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エッセイ

エッセイ

やまざくら「(11)」

「先生、お話しがあるのですが。」めずらしく患者さんの少ない午後だった。
余った時間をどう使おうかと胸算用をしていたのだが、婦長の深刻そうな顔をみてはことわれない。
が、どうも婦長が相手だと、つい身構えてしまうのは、2年の間に培われた習性なのか。
「雨宮さんの事で、少し話しておいたほうがいいと思うのですが。」 ついに真相が説き明かされる"病院の七不思議"と心が躍ったが、顔には出さずにうなずいた。
幸い医局には誰もいず、婦長に椅子をすすめた。
「雨宮さんは、私の実家に近い神社の神主さんだったのです。」
「ほうっ」と僕は思った。
なんとなくピッタリと人格と仕事が一致しているように感じた。  その時、突然、僕の頭に病室で"十字を切った"彼の姿が浮かんだ。次の日から頑張ると誓ったのは"うそ"だったんだ。
そもそも神主が"十字"なぞ切るものか。
北陸自動車道を西へ下って走っていると、左手に広がる一面の田畑の中に、こんもりと樹木の茂った一角が見える。
夏でも日が差さないような鬱蒼とした小さな森である。
古びた石作りの鳥居と森の奥に続く石畳で、神社があることにようやく気づくほどひっそりと隠れている。
昔は秋祭りになると、ちょうちんに灯をともした村人が、着飾った家族を連れてその年の実りを奉納し、あわせて翌年の豊作を祈願したそうだ。
でも今、若者は都市へと移転し跡継ぎのなくなった農家は年老いた両親たちがほそぼそと営なんでいる。
そんな中で神社は次第に忘れられた。 
雨宮老人は、その忘れられた神社の神主さんだったのです。
幼い頃からふしぎにいろいろなエピソードが多い少年だったそうだ。
その最たるものは12才の時に起きた。
意味もなく生徒を殴る先生がいた。
口答えも出来ずに黙って殴られている生徒のために彼は立ち上がったのだ。
当時は子供も労働力の担い手だった。幼い弟や妹の面倒をみながら、大人と同じように働いていたのだ。
忙しさにまぎれて宿題をする暇もなく、夜遅くまで農工具の始末に追われた子供達の言い分を聞きもせず、感情にまかせての暴力に彼は我慢がならなかった。
夕方になり、夜になっても帰ってこない子供達に、村中が大騒ぎになった。
裏山に自分たちで築いた城に立て籠もった子供達は、彼を先頭に大人たちと一戦を交えた。
おもしろい事に大人たちはたじたじだったそうだ。
家の事情を知っている子供達は、親の仕事の邪魔になってはと幼い弟や妹を連れての籠城だった。
赤ん坊まで人質になっては、誰も手が出せない。
最後には先生があやまり、子供達は意気揚々と山から下りて来た。一人の落伍者も出さず、病人もなかったそうだ。
彼の指揮下で赤ん坊の世話も行き届いていたというから、誰もが舌を巻いたそうだ。
食べ物には少々困ったらしいが、お墓に供えてある葬式饅頭やおにぎりなどを失敬したそうだ。 
又、戦時下の緊迫した空気の中で、ともすると窒息しそうな軍国主義に塗りつぶされた日本で、農業の機械化に奔走した事もあった。 やがて終戦、農地改革により神社の持っていたわずかな田畑も人手に渡った。
敗戦のショックと食糧難は人々の心を荒ませ村は疲弊していた。それでも彼はめげなかった。
帰還した兵士や村人たちを励まし、無残な戦争で傷ついた彼らの心から、働く意欲を引き出したのだ。
村は団結して復興につくした。
そして迎えた高度成長の波は、村を担う次代の若者を都会へと押し流そうとした。
「雨宮さんは村の若い人たちを説得したんです。都会へ行く事より大切なものがここにはあるって。でも誰も聞いてくれなかったそうです。」
話している婦長の横顔を見ながら、なぜ彼女が患者さんに人気のあるのかわかったような気がした。
時間に追われる婦長だが隠されたやさしさに誰もが、いつの間にか心を開くのだろう。
よく患者さんを観察し、その性格に合わせた看護をしているのだ。彼女の下で学べる看護婦たちは幸せだ。
黙りこんだ僕に気づかず、婦長の話は続く。
「説得は何も効果も生まず、若者は彼をうとましく思うだけのようでした。」
都会へのあこがれは、夢の実現でもあったのだろう。
手を伸ばせば何にでも届くという錯覚の前には、彼の統率力も色あせてみえただろう。
廃れて行く村を後に、若者達は意味なく都会へと抜け出して行った。 ひっそりと神社を護りながら年月は過ぎ、唯一の理解者であった妻にも、先年先立たれたそうだ。
今年の冬は例年より雪が多く、春になっても消えなかった。
石段をいつまでも凍らせる残雪に足を滑らし、雨宮老人はこの病院に収容されたのだ。
リハビリに専念できないのも無理からぬ事かと思われる。
訪れる人や待っていてくれる人もない侘び住まいに、何の未練があるだろう。
看護婦や同室の人達と冗談を言って笑っていられるこの病室のほうが、はるかに人間らしい生活というものだ。
婦長、この頃都会からUターンして田舎に住み始めた人達がいると聞いてますが。」
「ええ、いますよ。」
「今度、雨宮老人にさりげなく、その話をして下さい。それと神社の秋祭りの思い出なんかもね。」
いぶかしそうな婦長に笑いかけて、回診に行くことにした。
季節が移り変わるように、人の心も移ろいやすいものだ。
だが、パンドラの箱には「希望」が残されている。
希望は勇気につながる。
ひとすじの光に手を差し伸べれば、心は天までも昇る。
そして雨宮老人に必要なのは、その「希望」だ。
生きてきた意義や生きる喜びは、人の中からこそ見いだす事が出来る。
友情や夫婦愛、誕生や子育て、有能なスタッフとすばらしい仕事など、人との係わりは大きい。
その人生の最良の時を思い出しながら生きるのではなく、今を最良な時にすることが大切なのだ。
都会に見切りをつけて帰郷した人や、自然の中で子供達を育てたいと望んだ家族や、田舎の良さを理解し、その中に溶け込もうと努力している人々で彼の愛した故郷に人が増え、子供達の笑い声が響き渡る日が来るかもしれない。
そんな希望があれば、雨宮老人のリハビリも飛躍的に伸びて‥?欲しいものだ。