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エッセイ

エッセイ

やまざくら「(10)」

北国の夏は短い。そのかわり梅雨は長い。
笑い話に一年の半分は雪で、残りの半分の半分が梅雨で後の半分と半分が秋と夏だという。
その計算でいけば夏は一カ月半しかない。
行くよ、行くよとせきたてられるような、短い夏の午後。
カンファレンス・ルームで古川さんのご主人と向かい合っていた。葉陰からもれる光りが、一条の線となって鋭くテーブルにささっている。
「先生、これから家内はどうなっていくのでしょう。」60代前半の彼には、老人性痴呆症という病名についての知識はなかった。
たぶん、正常老化と痴呆の区別もわからないのだろう。
また、ボケという言葉はこの両者を区別していない言葉です。
老年期に至り、知的能力はゆるやかに低下していきます。これを正常老化といいます。
それに対して老年期のある時期から老化性痴呆は短期間に著しい知的低下をしめします。
両者とも低下を示しますが、その程度は全く異なり、しかも質的に大きな違いがあります。
ボケとは正常・異常の両者を含む知的低下の一般的状態をいい、痴呆は明瞭に病気であることを理解しなければなりません。
「この病気に対処するには、根気が必要です。」
彼の目をみつめながら、困難な事を力説した。
「様々な事が欠落していきます。進行を止めることは出来ませんが、遅らせるように努力しましょう。」
しゃべりながら僕は彼の手を見ていた。古川さんはノートを取りながら、僕の話を熱心に書いているのだ。
その視線が感じたのか、ひょっと顔をあげて僕をみた。
そして頭に手をやりながら「いやっ、すみません。書いておいて、後で読み返したいと思ったものですから。一度聞いただけでは忘れるかもしれません。」と、笑いながら言った。
「ずっと仕事ばかりで、家内との時間なんてなかったようなものです。何十年も一緒に暮らしていながら、ほとんど会話らしいものなんてなかったと反省してます。病気になって初めてありがたみがわかったような気がして。幸い、もう閑職になっているのも同然ですから、ゆっくりめんどうをみてやりたいと思ってます。」
後は言葉にならなかった。死なれる事より生きていてくれるだけで、幸せなのだと彼の目が語っていた。
「ともかく、何度も繰り返して教えることです。何かを覚えた時には手放しでほめてあげて下さい。ご主人のその言葉が聞きたくて、頑張ってくれるはずです。何度も根気よく、繰り返して教えてあげてください。」
夕方になったのか、差す光が弱くなり、クーラーが急に効いてきたようだ。
彼のノートを取る手が止まった。
「寒いですか。」冷えたのかと思って聞いた。
「いえっ、こんなに書いたのは学生時代以来ですので。」
苦笑まじりにこわばった指を伸ばした。
「少し、休憩しましょう。まだ先は長いですよ。」
冗談まじりで言いながら冷蔵庫からお茶を出した。
老化性痴呆にはその他にも様々な症状があります。
感覚障害とは味覚がにぶくなったり、嗅覚が失われたりすることです。
老人が大便を平気でこねたり、時には食べてしまったりするのは味覚や嗅覚がなくなっているからできるのです。
これに対応するには、周囲に腐った物を置かないようにするとか、不潔行為にはいつも気をつける注意が必要です。その他にも個人によって差はありますが、いろいろな症状があり多彩な問題が出てきます。
夜間に幻覚や妄想をともなった興奮状態や場所や時間に関係なく歩き回ったり、性的な逸脱、不潔行為、際限ない体の不調の訴え、暴力など様々です。
これらに対処するには、まず痴呆の根底には、大きな判断力、思考力の障害がある事を理解しなければなりません。
不当に叱ったり、笑ったりすることは強い不安をおこし、自閉状態やうつ状態になったりします。
不当な扱いや不適切な反応がさらに次の症状を作ってしまうのです。だから対応を誤らないようにしなければなりません。
夕日が辺りの景色を真っ赤に染め上げ、部屋に電灯が必要になった。
古川さんのノートも、何ページにもわたって細かい字が並んだ。
「先生、長い間、ありがとうございました。おかげでいい勉強になりました。家内の看病をするにも、まず病気の事をよく知らないといけないと思ったのですが。こんなにいろいろ教えていただけて、ありがたく思っております。」
彼の顔も夕日に染まり、赤くなっていた。
「いつでもいらして下さい。」部屋のドアを開けて、彼を送り出した時、振り向いた彼が最後の質問をした。
「家内の進行状態はどうなのでしょう。」ふと不安感がかすめたように目をしばたいた。
「ゆるやかな下降線といいたいのですが、かなりな急降下をしています。でもご主人の励ましが、どんな薬より効果があると思いますよ。」
歌ではないが"愛は勝つ"と僕は信じている。
薄暗くなった廊下を、妻の病室に急いで戻っていく彼の靴音が響いた。
夕日はあっと言う間に暗い墨色に変わり、部屋の電気がひときわ明るく感じられた。
僕は言えなかった言葉を飲み込み、しまっていた。
少なくとも、残された数カ月だけでも幸せな夫婦愛に包まれてほしかったから。
そう、自分のことさえ忘れてしまうまで。
短い夏の終わり、リハビリも一段落して古川さんは退院の日を迎えた。
あれからも問題を起こしてはいたが、その都度、ご主人の平謝りで事なきを得ている。
彼女のように理解のあるご主人を持つ人は少ない。
たいがいはあまりの症状にお手上げとなったり、家族崩壊という結末を見る場合も、多額の入院費に苦労するなど、個々の事情は様々で、どうしようもないという状態が、今日の現状である。
福祉、福祉と代議士はお題目のように選挙カーから訴え、票の獲得に奔走しているが、現実は深刻な事態になりつつある。
人手や受け入れ施設の少なさに、家族の看護が一番と体裁の良い逃げ口上、これが本当の福祉なのだろうか。
使うべき所に潤沢な資金がなく、どうでもいい所に流れている税金の無駄遣い。
堅実な主婦の家計簿のように、赤字にならずにうまく使う方法をもっと、しっかりと、研究してもらいたいと私は思う。
古川さんの場合もどれだけご主人が頑張れるかは、誰にもわからない話だ。
急速な痴呆の進行状態は夫婦というきずなさえ、断ち切ってしまうかもしれない。
でも今は、神から与えられた一時の安息。
その日々が一日でも長く続くことを祈りたいと思う。
ご主人の運転する車の助手席で、笑って手を振る彼女には、何の不安もないようにみえた。
それが何より一番と手を振りながら、走り去る車を見送った。