香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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エッセイ

エッセイ

ふきのとう「有終(3)」

季節はゆっくりと春に向かい、遠くの山桜が煙るように山を彩る頃になった。
中山の抗ガン剤投与は、一応10週間で終わる予定だ。
抗ガン剤は体を非常に消耗する。
投与した後、猛烈な吐き気に襲われて吐く。胃に吐く物がなくなっても吐く。
トイレにうずくまり、数分おきに襲って来る吐き気と戦う。
ベットに横になって体をえびのように曲げ、薬がガンと戦っているんだといいきかす。
体の中が戦場なのだ。
だから毎日投与する訳にはいかない。容体をみながら週に1~2回がせいぜいだ。投与の後は2~3日、ぐったりしている。体が急速に衰えていく気分だ。
中山は耐えた。
ラグビーで鍛えた体がみるみる痩せていくのが痛々しい。
その間、何度も中山と話し合った。
生きるという事、生きる価値について。
だが、承諾のないまま、日は過ぎていった。
霧雨が木々を濡らし、葉先からしずくを落としている。
病院から見える山は深い霧に隠れ、空との区別さえつかない。
静まりかえった医局に、低いノックの音がした。
「先生、吉峰先生。」遠慮がちに声がかかる。
「おっ、中山か。」振り返ると、ドアの外にひっそりと立つ、紅顔の美少女と言いたい所だが、ラグビーの猛者がいた。
少し痩せてとがった頬に笑みを浮かべている。
「先生、決めました。お願いします。」
「そうか。」
決意をした安心感からか、彼の笑顔はさわやかだった。
痩せた顔に残る日焼けがスポーツに青春を傾け、ひたむきにボールを追う姿を連想させる。
そして僕は心に思う。
確かな事は彼の将来に少し見通しができた事だと。
まとわりつくような霧雨は、僕の心まで湿らせている。
オペの予定をたてる為に医局に向かうと宮城君が来ていた。
「久しぶりだな。」
電話では何度か話したが、難航している様子だった。
「僕たち障害者には、結婚する資格がないのですか?」
「随分気を滅入らせたものだな。いつもの勢いはどうした。」
「もう会ってもくれなくなりました。電話してもガチャンです。」「彼女の方は?」
「内緒で会っています。勤めがありますから、その帰りとか。」
「結婚する意志は?」
「変わってません。親の承諾がなくても一緒になると言ってくれてます。でも誰からも祝福されたいのです。先生、本当にもうお手上げです。」
「一度、先方の家に一緒に行ってみようか。」
「本当ですか。」
「話してみよう。それでダメなら駆け落ちでもするか。」
「冗談でしょ。」
「本気だよ。」
中山の足といい、宮城君の結婚といい、この世の中には不条理が多すぎる。
人が人を愛するのに資格も何もないもんだ。もしあるとすれば、互いが相手を必要としているという条件だけだ。
僕の正義感がふつふつと燃え上がった。真っ赤に燃えないのはこの霧雨のせいだろうか。
いや、でしゃばってかえってぶち壊すのではないかという不安感かららしい。
妻からよくお説教をくわされるのだが、効き目が薄いようだ。