香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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エッセイ

エッセイ

ふきのとう「有終(1)」

初診の時、あまり体格がいいので何かスポーツをやっているのかと聞いた程、大きな若者だった。
ラグビーをやっているんですとたくましい肩を揺すった時、かすかに匂った汗が僕を高校時代に引き戻した。
雨の中、すべるボールを抱いて走った時、泥まじりの口の中や友の掛け声、薄暗い部室で試合の作戦を練る緊張感、トライを決めた時の心臓の鼓動。
チームの皆が何にもかえがたい宝だった時を思い出しながら、目の前の少年に仲間意識を持った。
「近くの外科にずっと通ってたんです。成長痛だと言われてたんですが、そのうちに痛みもひどくなり、腫れてきたので整形外科に行ってみたんです。」
屈託なく彼は僕の目を真っすぐ見つめていた。
その整形外科からレントゲンと一緒に彼は来たのだ。
診察の後、足をおろした時、きずかれないように顔をしかめる。「痛いか?」
「はい、かなり。」痛いというのが、意に添わないのだ。
そういえば練習でも試合の時でも、ぶつかったり、こづかれたり、押されたりして、ラグビーはかなり好戦的なスポーツだった。
その上治療は、ヤカン一つだ。
マネージャーがヒョロヒョロとヤカンを持ってグラウンドに来て、倒れている僕の足に水をかける。
仲間が苦戦している時はなおさらだ。どんなに痛くても、つらくてもギブアップなんて言葉はなかった。
「大丈夫です!」その一言で試合に復帰したっけ。
あの頃、多少のヒビが入っていても痛まなかったのは何故だろう?「我慢はグラウンドだけでいい。ここでは正直に。」
「先生、」そのまま、目線が膝に落ちた。
左の膝の上がボコンと腫れて、見た目にも痛そうだ。
レントゲン所見だけだが、多分、骨肉腫だろう。
無為に外科に通っていた期間が惜しまれる。
人生は不条理なものだ。
こんなに若く、生きる喜びに満ちている彼なのに。
「もっとくわしい検査をしなければなりません。入院の準備をして、すぐに病院に来るように。ベットの用意をして待っています。」
次々と来る患者さんの診察で、午後遅くまでかかったしまった。やっと終わった外来の診察室は静けさを取り戻している。
先程まで数人の看護婦が残って掃除をしていたが、「お先に。」と言って詰所へ行ってしまった。
椅子に座って、疲れた神経を休めるように首をまわしていると、白い壁に薄くヒビが入っているのが見えた。
外との温度差のために亀裂が生じたらしい。
ヒビは天井から窓までジグザグに迷走して止まっている。
ざわめきが遠のき、心地よい疲労感が体を包む。
外は雪だった。
大きなボタン雪が音もなく降り、木の枝が重そうにうつむいている。
春は近い。
ボタン雪になるのは少し寒さが緩んできている証拠だ。
赤い車が病院の門を入って来た。スピードの出し過ぎで停車する時、後輪のタイヤが横に流れた。
あの運転は宮城君だ。
事故で下半身不随になってたのに懲りない奴だ。
ペチャペチャと喋りながら廊下を看護学校の生徒が歩いて行く声がする。
「あなたたち、静かに!ここは病院ですよ。」
婦長がとんがり声でたしなめている。多分今頃、舌を出して首をすくめているのだろう。
「先生、ここにいらしたのですか?」カルテの束を腕に抱えて、診察室のドアから婦長の顔がのぞいた。
「よかった。午前中に宮城さんから電話で、午後、先生にお目にかかりたいそうです。連絡が遅れてすみません。」
あまりすまなそうな顔ではないが、忙しそうなその姿を見ると文句も言えない。
仕方ない、入り口まで迎えに行くか。
階段を降りて一階の入口に行くと、宮城君が車椅子で入ってくる所だった。
「先生、話があるんです。」
「いいよ。昼、食べたか?まだだったら一緒に食べよう。」
「食べましたけど、つきあいますよ。」
病院の食堂は一階の奥にある。
ここの食事は体の不自由な人が一生懸命作ったものだ。
隣接してある養護学校の生徒が、社会に出ても暮らしていける技術を身につけるための授業の一環でもある。
他にクリーニング店もある。
このクリーニング店に僕も出しているが、少々割高である。
学生が飾り付けをした食堂は、薄いピンクに統一され、明るい雰囲気をかもしだしていた。
時間が過ぎているためか、空いているテーブルがたくさんあった。
窓の近くのテーブルに向かい合い、本日の定食とコーヒーを頼む。「仕事中じゃないのか?」
「そうなんですけど、ちょっと抜け出してきたんです。」はにかむように笑うと目尻にしわが寄り、少したれ目になる。
「実は、結婚しようかと思っているんですが。」
「誰が?」
「僕ですよ。僕。」
宮城君は建設会社に勤務しているサラリーマンだ。
理解ある社長が車椅子が楽に通れるように通路を広くし、段差をなくして働きやすいように会社を改造してくれた。
非常にラッキーな事だと思う。
「それで、相手の人は?」
「美人で思いやりがあって、料理が上手で・・・」のろけ話は続く。
その途中で定食が運ばれ、僕は食べる事に専念した。
ここは三方を山に囲まれているが、海にも面しているため食べ物は豊富だ。
海の幸、山の幸が味わえる。アナゴの卵巻き、大根といかの煮付け、
ワカメのみそ汁が今日の献立だ。
ご飯の湯気でメガネが曇りそうだ。
「聞いているんですか。」
「聞いてるよ。モグモグ。」
「相変わらず食べるの早いですね。」
「そりゃそうさ。いつ急患が来るかわからないから、研修時代を過ぎる頃には早飯になるよ。」
張り合いのない聞き手に、うらめしそうな目をしながら急に神妙になり、頭を下げる。
「一緒に行ってくれませんか?」
「どこに。」
「相手の両親に会う時に。先生からも話をしてもらいたいのです。」
そうか。これが言いたくて会社を抜け出したのか。
不安な気持ちはわかる。
たぶん反対されるだろう。特に相手が健常者の場合は。
「お願いします。先生!」
いいよと言ってやりたかったが・・・
「だめだな。自分の結婚だろ。まず自分でぶつかってみろ。」
冷たいようだが、まず精一杯、相手と話し合ってみる事が大切なのだ。
「いいか。自分の熱意を相手にわかってもらうためには、自分が頑張らなきゃいけないんだ。最初から逃げ腰でどうする。相手のお嬢さんだって、君が言ってくれるのを待っているはずだ。頭下げて来い。どんな体だって、必ず幸せにすると、後悔させないと言ってこい。」
「自信がないのです。」
「一回であきらめるな。何度でも行って話し合うんだ。」
「こんな体見たら、二度とあわせてもらえないかも。」
「そんな気持ちでいたと知ったら、がっくりくるだろうな。その人は。」
「先生にはわからないんだ。」
「わかるよ。むかしシドニー・ポワチエ主演の"招かれざる客"という映画があった。白人社会のアメリカで黒人の彼が一人の女性を愛した。彼女は自分の家に彼を連れていき、結婚するといって両親に合わせたんだ。女性は白人だった。当然両親はびっくりした。もちろん彼の両親も反対した。黒人のメイドも、とんでもないことと言って怒った。今よりずっと前の時代だから、白人女性が黒人と結婚なんて考えられない、不謹慎とも取られる時の事だ。でも若い二人の熱意は人種差別を乗り越えて、周囲を説得した。例えは違うけど、ある意味ではこの映画の方がもっと大変だと思う。とにかく、僕が言いたいのは何もしないで尻込みしてるなら、結婚などと言わないという事だ。人生の別れ道と思え。右をとるか、左をとるかは君の自由だ。勇気を出してみろよ。」
出せといわれても難しい事と承知で話していた。
ただ、彼の心に火をつけて、奮い立たせたかった。
「そうですか。Youcandoit!ですね。」
「そのとおり、ところで決戦の時はいつだ。」
「明後日の日曜日、午前10時に銀河通りの喫茶店で待ち合わせています。」
この市で一番の繁華街にあるその店は、クラッシック音楽をゆったりと聞きに来るお客が多いと評判の店だ。
店内は広く、車椅子でも十分動ける。
「あそこなら大丈夫。ゆっくり話ができると思うよ。」
その時、さわがしくスピーカーが呼び出しをかけてきた。
「吉峰先生、急患です。至急救急外来へお出で下さい。」スピーカーから急患を告げるアナウンスが流れた。
「結果をしらせろ。それからそのコーヒー、飲んどいてくれ。」
立ち上がりながら早口でしゃべり、レジには後で払いに来ると手を振って食堂を走り出た。
救急外来は建物の一番左端にあるため、長い廊下を走らなければならない。
障害者の結婚は難しい。特に健常者の両親が偏見を持っている場合は尚更だ。結婚の配偶者とみるのではなく、介護人として必要なのではないのかと取られがちだから。
今日の雪が積もらないように、心の氷もやがて解けてくれる事を祈ろう。
外から救急車のサイレンがだんだん大きく聞こえてきた。