香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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エッセイ

エッセイ

ふきのとう「四」

激しくドアをたたいている音で目が覚めた。
「先生、先生、起きて下さい。」緊迫した大声が続く。
飛び起きてドアを開けると、
「風呂場で、誰かが倒れています。」息を切らせながら、早口で「今、風呂の点検に言ったら、湯船に人が、」後まで聞かずに、風呂場に走った。
湯気の上がる薄暗い風呂場に走り込むと、湯船にうつ伏せに浮いている人がいた。
まさか、それが水谷君とはその時気がつかなかった。
宿泊客の誰かとばかり思っていた。
そのままの勢いで湯船に飛び込み、抱き上げ、洗い場に移しながら、人工呼吸、心臓マッサージを始めた。
今でも、仰向けにした時のショックを忘れる事はできない。
ともかくも「救急車を呼べ」と叫んだ。
「死ぬなよ、水谷、頑張れよ」手は機会的に動いている。
何とか生き返らせたくて、万に一つの可能性を信じて、心マッサージを繰り返す。
救急車の中でも、やがて着いた病院でも、心マッサージの手を休める事はできなかった。
当直医は新米で挿管ができなかった。
「貸して下さい。僕がします。」ひったくるようにチューブを取り、
挿管した。
時間は、またたくまに過ぎ、すべての努力は水泡に帰した。
もはや何をしても彼には届かない。
たぶん、君は一人で風呂に入りたいと思ったのだろう。
介助もなく湯船に、ゆったりと浸る自分を思い描いたのだろう。
そして、昔のように入れると簡単に考えたのだろう。
力無くドアを押して、人気のない廊下にたった時、泣いている自分に気がついた。
つらいとか悲しいからではなく、あまりにもあっけない結末に腹が立って涙が止まらなかったのだ。
僕は物言わぬ彼のむなぐらを掴み、激しく揺すりながら「何故だ!」と聞きたかった。
君はくやしくなかったのか。
静まり返った廊下は暖房が入っているにもかかわらず、足元から寒気がはい上がってくる。
人は、はしゃいで自分の心を隠す。
君もあふれる悲しみを押さえ付けるために笑顔を貼り付けていたのか。運命に逆らうことなど考えずに、黙ってすべてを甘受していたのか。
寒さが旅館の浴衣しか着ていない事を教えてくれた。
君の声が聞こえるようだ。
「いやぁ、あんまり気持ちよかったんで、つい長湯しちゃって。じつにゆったりしていいお湯でしたよ。」
君の安らかな永眠を祈る。
窓の外に薄日が差して、暗い闇に隠されていた木々が姿を表してきた。
昨日と同じ朝が来た。
時間は止まる事を知らず、時を刻む。喜びや悲しみを流れに乗せて。