香川県高松市での整形外科・内科・健康診断・予防接種は吉峰病院へ。

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エッセイ

エッセイ

ふきのとう「二」

大学病院はいろいろな所に僕を派遣してくれた。
救急指定病院や個人病院など様々だ。
でもそれらは事故直後の患者の受け入ればかりで、処置をしてある程度回復すると退院となり、リハビリが始まる。
リハビリ病院に入院した患者の本当の痛みは、その時から始まる。
悔恨、苦悩、憎しみ、怒り、様々な苦痛が彼らをさいなむ。
肉体的な苦痛は、薬で押さえる事も可能だが、精神的な痛みに治療法はない。
患者はひたすら耐える。暗い夜はなおさらだ。
闇の中で目をポッカリと開けて、動かない足に神経を集中する。
なんとか、ほんの少しでもいいから希望を持ちたくて。
何度も何度も繰り返しながら、明け方にやっとまどろむ。
眠っている時だけが、苦痛から解放される唯一の安らぎの時。
だが眠りは浅い。
そして若いほどつらい。閉ざされた扉を開けたくて、のたうち、あがく。
その扉の向こうに、輝く未来があると思うから。
自分が失った物を、取り戻す思いが強いほど、苦痛は長引く。
幾夜も幾夜も繰り返し、やがて、疲れ果て無気力になる。
過去を振り向く事は出来ても、元に戻る事はできない事を認識するまで。
そしてある日気がつく。
扉が一つでない事に。彼らの回りには、いくつもの扉があり、自由に選べる事に気がつく。
心に平安が戻る時だ。リハビリにも身が入り、人を受け入れるやさしさを取り戻していく。
リハビリ途中の、なまはんかな同情は彼らを戸惑わせ、弱くする。
社会に巣立つ日までに、出来ることは自分でするように訓練し、同時に何事にも負けない、勇気を育てなければならない。
だから彼らは強い。
もちろん、すべての人が立ち直っていく訳ではない。
人生を悲観し、自分の不運に迎合して、行く道を閉ざしてしまった人もいる。
その人達のためにも、この会の発足の意義は尊い。
彼らをどんどん外に出して、あらゆる面からその五感を刺激すれば、閉ざされた道を、開かせる事が出来るかもしれないからだ。
すぐ後ろの車がパッシングをしてきた。どうやら信号に捕まって、遅れているようだ。
道の端に車を止めて、後ろに歩いていく。
「先生、追いつかない車があるみたいなんです。」水谷君が心配そうに言った。
「信号かな。ともかく少し待ってみよう。皆疲れてないか。この先で休憩しようか。」
「いや、なしで現地まで行きましょう。途中で止まると時間がかかるから。」
車椅子を出し入れするのは慣れていて早いが、ドライブ・インなどにどんな段差があって、彼らを困らせるか予測がつかないからだ。
水谷君の場合も事故だった。仕事の帰り、前夜からの疲れのために生じた一瞬の居眠り。
「いやぁ。あれは不覚でした。気がついたらベットの上で、手術も終わっていました。包帯でぐるぐるまかれていて、何だっ、これはって思ってましたから。でも良いことは、何の記憶もないこと。事故の衝撃も恐怖も感じないまま、すべてが終わっていたから。隣のベツトの人がよくうなされて、かわいそうにと思っていましたから。」
実にあっけらかんとした男だと、びっくりした出会いであった。リハビリ病院に来た時から、僕の担当で入院中、その病室は笑いの連続だった。
一度なんか笑いをこらえていた看護婦が、ピンセットを落としそうになった。
一瞬の居眠りは彼を右マヒにした。左頭部を強打したからだ。達観している。というか、ともかく環境に順応しやすく、何事もプラス思考に持っていける特異な性質らしい。
幸い職場も彼の復帰を待っていたらしく、生活の心配もなく家族と暮らしている。
後続の車が次々と追いついて来た。
「先生、休憩ですか。僕たちなら大丈夫ですよ。」
ラストを走っていた宮城君が、早く行こうと大声で叫んだ。
ゆるやかなカーブの多い林間道路の端に、十数台の車が並んだ。
「こらっ、水谷、居眠りするなよ!」
「大丈夫。美人の看護婦さんを乗せてるから。」
「じゃっ、出発するぞ。」
一人一人の表情を見ながら、その状態をさっと診察する。
皆、元気一杯のようだ。
自分の車に戻りドアに手をかけると、いつの間に起きたのか、福岡さんが助手席でジュースの缶を開けていた。
「先生、飲みますか?」
「あっ、ありがとう。もらうよ。もうすぐ着くからね。」
福祉施設はその温泉街の外れにあり、道路から少し入った私道にあった。
夕食までの時間はフリータイムだった。皆は各自の部屋にこもって休憩をとっているらしい。
僕の部屋に宮城君が入ってきた。
「先生、いいですか。少し話がしたいのですが。」
「かまわないよ。」
「こんな時にどうかと思うのですが、何かがっくりきちゃって。先生、小林君にお姉さんがいるの知ってますね。」
「ああ。よく病室に来て、彼を励ましていたよ。」
小林君には三才上の姉がいた。リハビリのメニューを頑張ってこなせたのも、彼女の励ましと努力があればこそだったと思う。
「この春に結婚するって聞いてたけど。」
「それが破談になったんですよ。それも彼の症状がこれ以上よくならないとわかった今年の始めに。理由がわからない破約に抗議したら、仲人が彼の事が問題になったというんです。」
後は聞かなくてもわかる。生涯にわたって介護が必要と知って躊躇したのだろう。
田舎は頑迷な人が多い。
根は悪くないのだが、臭い物にはフタという態度が往々にしてみられる。それゆえに障害というハンディが、姉に及んだ悲しい結末だ。
若い宮城君の抗議は続く。
「僕たちだって恋愛もできれば、結婚も出来る。障害者というレッテルを貼って、はい、さよならはごめんだ。」
「好きな人がいるの?」
「えっ?いやっ!!」彼の顔はたちまち赤くなった。論より証拠。語るに落ちた。目は口ほどに物をいう。
「大事にしろよ。小林君とは明日にでも話し合ってみるから。」
彼の恋愛の行く末も、決して明るいものではないだろう。
でも彼らには若さと情熱がある。何より強い味方だ。
つらいリハビリを克服して、今があるのだから心に誇りを持てよ。声に出さない励ましを送りながら、照れくさそうに部屋を出て行く若者を見送った。