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昨年、栗林公園で行われた夜の茶会に出席、何も知らずに県知事の隣の席にはからずも座ることになり今でも思い出すたびに爆笑ものです。
戦国時代にあってお茶の道の追求をし続けた千利休、彼と時の権力者である秀吉との確執を描いた「利休」は三國連太郎が利休を、秀吉を山崎努が、対照的な演技のぶつかり合いが見ものでした。
狭いにじり口から入る茶室の空間は深い茶の湯の精神の空間でもあります。すべての装飾や華美なものを遠ざけたあるがままの自然に勝るものがないという利休の精神の高さが理解できなかった秀吉。あくまで秀吉に媚びなかった利休は武士ではないのに切腹を命じられ天正19年(1592年)2月28日に亡くなりました。
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